5/12~14

こんなことまで書き始めて。私は誰に何を知ってほしいと思っているんだろうか。

5/12(月)
共依存症についてネットで調べていて、たまたまいきついたブログの管理人の人が始めたという、個人のカウンセリングに行ってみる。
タイミングがいいのかわるいのか開設したばかりで、私が患者(お客?)第一号だという。病院のカウンセリングとかではないので、個人の家で。内容は、ただただ話すだけだった。時折、質問などをなげかけてくれる。こっちも緊張したけれど、向こうも緊張しているようだった。
90分は意外にあっという間で、終わりに、緊張して肩凝ってませんか?今、一緒に伸びしてみましょう、なんて言われ、カウンセラーの人と二人で伸びをした。そんなことをしても体のこわばりは取れず、結局何も解決されなかった苛立から、あんたの方が緊張してたんじゃないの、と嫌なことを思った。伸びをしているこの状況がただただまぬけに思えた。
しかし話すことで少し頭が整頓されたこともあり、少し気分は軽くなった。すると今度は落ち込みより怒りが込み上げてきた。そしてその怒りを沸々とさせていると、急に切り替わる瞬間があり、とにかくやってやろうと前向きになれたのも確かなのだった。気分の波は相変わらず心もとないけれど、本当に少しだけ明るさが見えたような気がした。

5/13(火)
初めて心療内科へ行ってみる。
知り合いが働いている、うちからも割と近いところにある心療内科。初めて行ったけれど、待合室は広々としていて、外は雨なのに自然な明るさがあり、お茶が飲み放題だったり漫画喫茶のような雰囲気で居心地がよい。入れ替わり立ち替わりで、常時5人程の人が待っている状態。10時に予約して10時少し過ぎに着いたけれど、初診のアンケートなんかを済ませて待っていても30分位待った。診察室の真ん中にただ立って指をいじいじしている男の人がいた。「深夜食堂」を読んでいたらふいに呼ばれた。
院長は若い男の先生で見るからにエネルギーがある。まず最初に昨日カウンセリングに行ったこと、それでなんとなく解決方法が分かった気がするということを伝えると、だったらこのまま何も言わずに帰ってもいいし、もし診療するなら生い立ちから全部聞くし、しんどい思いもすると思う、それでもやりますかと聞かれた。私はとにかく治りたいので診察してほしいと即答すると、すぐにカウンセリングが始まった。
多分40分くらいは話をしていたと思う。話しながら辛くなって泣いてしまう。昨日のカウンセラーの人も、今日の先生も、泣いていることについては何も言わない。「泣かなくていいんだよ」なんて言葉はない。そういうものなのかもしれないなと思った。この先生はどんどん質問をしてきてパソコンに情報を打ち込みながらも、なんだか認めてくれている感じがした。昨日のカウンセラーだと、ほぼ話を聞いてもらって終わり、あとは自主性に任せる、という感じだったが、心療内科の先生は、最後に今の状態でも良いということと、これからの対処法を教えてくれた。
そして、「私は病気ですか」と聞くと「あなたが今の状況になって、家族や周りの人が誰か困っていますか?そしてあなたは生活に支障が出ていますか?」と聞かれた。答えは、いいえ、だと思っている。周りの人が困っていないこと、自分の生活も今まで通りなんとかやっていけてる、ということはそれは鬱病だったりの病気とは判断しないらしい。これが育児なんかが出来なくなったりすると、それは病気と判断されるのだという。
じゃああなたは今どういう症状だと自分で思いますか?と聞かれ、共依存症だと思います、と言うと、「おしい。名前をつけるなら、境界性パーソナリティ障害です。」と言われた。障害という響きに驚くのと同時に、何故か安堵感があった。今のところ薬は出さなくても大丈夫だと思う、と言われたが、どうしても不安になるときがあって怖いことがあると伝えると、じゃあお守り代わりに少し出しましょう、と抗不安薬と呼ばれる薬の説明をしてくれた。本当にまずいと思った時に飲むこと、そして飲むという判断をしてその判断をしている自分に気付いている時点で、半分は治っているんだということ。あまり飲み過ぎると今度は薬物依存になるから気をつけてほしいとのこと、心療内科は初めてだけれど、この先生はとても信頼出来ると思った。
最近で一番明るい気分でクリニックを後にした。帰りにいつも行く近所の薬局で処方箋を出した。薬剤師さんはそれを頓服と呼び「不安時に一錠飲んでください」と小さな声で教えてくれた。そしてそれは14錠で330円だった。1錠いくらだろうか。安いお守りである。なるべく飲みたくないと思いつつ、きっと肌身離さず持つことになるのだろう。自分の症状に名前がつき、さらに抗不安薬を処方された。自分は、来るところまできてしまった、と思った。ショックと同時に、きっと状況はよくなるはずだと希望も感じた。
夜、緊張して肩がばりばりに凝り、動悸がしている自分がいた。今思えば不安というのはそういう状況のことを言うのだろうが、薬を飲むまでは思いつかなかった。朝の4時頃就寝。

5/14(水)
寝不足もあり、気分が上がらず体が重い。
朝から昨日の心療内科へ行きたくて仕方なくなる。先生に聞きたいことがたくさんある。しかし調べると毎日行っていいものではないらしいし、境界性パーソナリティ障害の人は、担当医に依存することも多々有るらしい。早速頼ろうとしている自分にあぜんとする。
保育園に送って行った帰りに図書館へ。境界性パーソナリティ障害についての本を一冊借りたのと、関連書籍を数冊予約。家に戻って朝食を食べ、本を読んでいるといつの間にか眠ってしまった。
午後、バイト休みの友人にバッティングセンターに連れて行ってもらう。最初は全然球が当たらないことに余計苛々したが、数本は当たり、久しぶりに大きな声を出したことで少しだけ気分がすっとした。帰りに友人とお茶をして別れる。この人にも私は依存しようとしているのだろうか。もう人に迷惑をかけたくはない。
ブックオフで、PMSについてよく話す友人からすすめられていた中島たい子「そろそろくる」「漢方小説」そして岡田尊司「境界性パーソナリティ障害」を購入。
保育園に行き、子どもの姿を見ると、少しホッとする部分もある。しかしまだまだ自分が母親であることを認めれていない気がする。本当の自分と、母親である自分と、気持ちに隔たりがある。その隔たりが時々きつい。3人で自転車に乗って帰る途中、ふと「お母さんは怒ったりもするけど、くらしもえんちゃんもすごい好きだよ」と伝えてみた。すると「えんもすき!」「くらしもすき!でもおこるときに、もうちょっとやさしくおこってほしいよ」と上の娘からはリクエストがあった。優しく怒ってほしい。私もいつもそう思っていた。そう思っていたけれど言い出すことは出来ず、そして自分の意見を言うことが怖くなり、そしてやめた。私はある時に母に対して諦めた。でも娘達に同じ道を歩んでほしくないなと思う。難しいことだろうか。
家に戻ると、下の娘が、ドアの鍵を開けたいと言い、何度やらせてもうまくできないので私が代わりにやってしまった。するとそれで機嫌を損ね、家の中で延々と泣き叫び続ける。どれだけ「泣かないで」と懇願しても無駄なのだ。このままではイライラして手を出しかねない、と思い、昨日貰った薬を一錠飲んだ。すぐに効くはずはないのだが、飲んだことで一応気持ち的に安心し「じゃあもう一回一緒にやろう」と言って二人でやり直した。それが出来るとあっという間に娘は上機嫌になるのだった。
こんな些細なことさえ薬がないと出来なくなってしまいかねない自分が怖い。薬の副作用と常習性が怖くて飲まないでいたかったけれど、あっという間に手を出してしまった。無くては生きれないようにはなりたくないと強く思う。
明日は仕事が昼から夜まで、3件ぶっ続けて入っている。暇が怖い私には今はそれくらいが丁度いい。こんなことまで書いて、仕事が減らないことを願うばかり。
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by hatarake-ecd | 2014-05-14 21:53
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