2014/5/4(日)

天気が良く、一人で過ごしていることに悲しくなってくる。

夕方家に帰ってきた時に、玄関前に荷物が置いてあった。うちは不在が多いので、宅配便はすべてドア前に置いてもらうようにしている。特に実家からの荷物は米だの野菜だので重量があるので、4階まで何度もあがってもらうのが申し訳ないから。傍目から見てもわかる、その中身の詰まったガムテープとビニール紐で頑丈に封をされた段ボールを、家に入れる力はなかった。明日からの連休を考えると体に力が入らない。誰かが家に入れるだろう。
朝起きると、荷物はすでに封を切られ、子ども達が中に入っていたらしきお菓子を次から次へと食べていた。お菓子のパッケージには古めかしいイラストがついている。実家からの荷物は、広島産の柑橘類や、近所でもらったであろうのしのついた箱菓子、そして母手作りのリンゴジャム、タケノコの水煮が大小様々な空き瓶に詰められ、新聞紙で丁寧に包まれていた。

母にお礼の電話をしなくては。というより、今置かれている自分の状況すべてが辛く思え、誰でもいいから弱音を吐きたかった。気軽に電話できる相手はもういない様に思われた。電話口から実家の初夏の空気を思い出す。母に弱音を吐けるはずもない、心ここにあらずで返事を繰り返していると「それであんた、いつ頃帰ってくるん」の問いかけにハッとした。「まだ何も考えてない」と答えた。前にメールで、久しぶりに蛍が見たいから、6月頃に帰りたいとメールしていたのだ。そんなことも忘れていた。6月の最終週に、おじいちゃんの三回忌があることだけ、「あんたは仕事もあるし、子どももおるし、無理に来いとは言わんよ。一応伝えておくだけね」と気遣ってくれた。田舎に帰ったら気晴らしになるだろうか。図書館に行く途中の道だったので、かろうじて涙はこらえることが出来た。

図書館へ行って、共依存症と回避依存症についての本を何冊か借りて読み始めた。私の苦しみの根源はきっとこれだろう。やっとわかった安心感と、これからこれに向き合わなくてはいけないことに尻込みしてしまう。気が重い。読み進めるほど、幼少期の体験や家族との関係が大きく関わっていることがわかってくる。心のどこかではわかっていたけれど。

夕方、家族写真の撮影の仕事。幸せそうな様子に、こちらも嬉しくなる反面、純粋にうらやましいなと思う。
撮影が終わり、山手線に乗りながら本を読み進める。するとふいに母から着信があった。母からの着信は早々ないので、誰か死んだか、と思いつつ「今電車。何かあった?」とメールを送った。すると「今日の電話元気なかったけど何かあった?」と珍しくすぐに返事がきた。予期せぬ文字の羅列に、電車内で涙が出そうになる。深呼吸をして、また本に目を落として気をそらした。降車駅のホームを歩く足取りは重かった。なんと返せばいいのだろう。自分の抱える辛さの原因すべてが母のせいだとは決して思わない。それでも寂しかったのは確かで、今の自分の育児にも影響を及ぼしているように思えた。
「ちょっと育児とか疲れてて。ゴールデンウィークに合わせて荷物送ってくれたんでしょ。ありがとう。」
と返信した。ゴールデンウィークと年末年始は、私にとって気の重い連休である。保育園は暦通りに休みなのだ。連休前には園長先生から「がんばってね」と心配そうに声をかけられる。今年は4連休。うち2日は仕事を入れたけれど、子ども達とどう過ごしていいのかわからない。自分が壊れそうな予感が毎回するのだ。
改札の外に出て、友人を待つ間「精神的に弱いところあるね お父さんに似たのかな」と追加でメールを送信した。自分が精神的に弱い等、母に思われたくない部分もある。小学校の時に仲間はずれにされて辛かったとき、母には言えなかった。私が辛い目に合うのは、母にとっては自分のことのように辛いことだと想像出来たから。中学高校も、学校が嫌になる時期が何度かあった。その時も、理由は言わず、体調が悪いと言って休ませてもらった。休み続けて、このままでは本当に学校に行けなくなるな、という時期になると、母は「そろそろいきんさいよ」と言うのだった。今思えば、理由を聞いてほしかった。ただ向き合って欲しかった。私はまた学校にそつなく通い始めた。
自分が弱いなんてことを母に言うのは初めてかもしれない。母と自分は別の人間で、親子とはいえど精神的に甘えることは一生出来ないんだと、どこかで思っていた。

すぐに母から「先日、近所の保育所の遠足について行きました 子どももいろいろいるね...と思って くらちゃんに似た子がいたんよ はなをふいてやりました」と返事がきた。くらちゃんというのは私の上の子どものことだ。見知らぬ子に孫の姿を重ねる母。自分も小さい頃に母にハンカチではなをふいてもらったことを思い出す。あのやわからいガーゼのハンカチの肌触り、母の手。ふいに自分の子どもの名前が出てきたことにまた涙が出てしまった。くらしは今頃どうしているだろうか。子どもなんてどうでもいいと思っていた自分に、こんな感情がまだあるのかと思った。育児に関するすべてが今の私にとっては他人事のように思えることがある。
「子どもは可愛いけどさ、なんとなく可愛がり方がわからなくてね。お母さんも一時期小さい頃にわたしを無視した時あったよね。あれも育児ノイローゼみたいなものだったのかな。」
ずっと聞きたかったことをふいに聞いてしまった。私にとっては大きな出来事だった。メールを書きながら涙があふれてしまい、待ち合わせている友人が今は来ないように願った。またすぐに返信が来た。
「すみません みにおぼえがありません 多分仕事でいっぱいだったんじゃね ごめんね 今なら余裕あるよ」
つい、笑ってしまった。笑いながら泣いた。本人にとってはそんなものなのだろう。そう考えると、自分がこんなにも苦しんでいることがばかばかしくなってしまった。今も昔も、母が私を思う気持ちは変わらないように思えた。
私は自分の悪いところを治したい。誰のせいにもせず、自分の力で治したい。そして、もしかすると、今なら出来るかもしれない、とも思った。
仕事帰りの友人が走ってこっちへ向かってくる。私はまた泣いていて、久しぶりに会った友人は、私よりも小さい体で優しく抱きとめてくれるのだった。
鞄の中には渡す予定の、タケノコの水煮が入っている。
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by hatarake-ecd | 2014-05-06 12:10
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