BIOKIDS'14

今年もBIOKIDSで出張天然スタジオやります!

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出張天然スタジオBIOKIDS特別プランです。
太陽のもとで家族写真を撮りませんか?

普段は下北沢にある天然スタジオという小さなスタジオで家族写真を撮っています。
今回はBIOKIDS特別プランとして、特価にて撮影致します。
小さなお子様の撮影は親御さんの協力が必要です。お子さんの盛り上げの協力を頂けますと助かります。
一緒に素敵な写真を残しましょう!

※写真はデータで翌日の納品となります。
各回1時間1家族限定で撮影を行います。撮影場所はBIOKIDSイベントの羽根木公園内です。

・10時
・11時
・12時
・13時
・14時

¥10000-

ご予約の際は、ご希望のお時間とご家族の人数、お子さんの年齢をお知らせください。
先着とさせていただきます。
10月26日10時より予約開始。

予約メールアドレス
ichikouemoto@gmail.com



http://biokids.net
http://tennenstudio.tumblr.com
# by hatarake-ecd | 2014-10-20 21:08

植本一子のかなわナイト!

昨日の「かなわない」初売り、お買い上げありがとうございました!
たくさんの方に手に取っていただけて嬉しいです。早速、次回の手売りが決まりました!

10/19(日)18時〜22時
「植本一子のかなわナイト!」
コンコ堂(阿佐ヶ谷)
です。

新作「かなわない」を手売りしつつ、人生相談、飲み物、味噌、スマイル0円等、出せる物は何でも出します。
是非お立ち寄りください!
# by hatarake-ecd | 2014-10-12 21:17

「かなわない」リリースします!

シャムキャッツpresentsのライブイベント「EASY」が
2014年10月11日(土) @東京・SHIBUYA TSUTAYA O-WEST&O-nestの2会場で開催されます!

その中でEASY ZINE SHOPなるコーナーがあるのですが、私も新作のZINEを引っさげて参加致します。ZINEというよりもはやエッセイ集ですが、ブログの抜粋と未発表文、そして書き下ろしを加えた全7編、76ページからなる一冊です。
このイベントが初売りで、終了後に通販と実店舗での販売(刊行イベントも!)を考えています。1500円!
どうぞよろしくお願い致します。

「かなわない」
冬休みの駄文(未発表)
別れを巡る日々
放棄しない(未発表)
ある日のお見舞い日記(未発表)
救助
早川義夫さんの文章のこと(未発表)
かなわない(未発表)

文 植本一子
画 松井一平
装丁 北原可菜
寄稿 早川義夫

EASY


# by hatarake-ecd | 2014-10-10 22:53

トークショーがあります

8月23日(土)に下北沢B&Bでトークショーがあります。是非お越し下さい。



植本一子×安田弘之

「先生おしえて!漫画家 安田弘之さんに聞くわたしの生き辛さのワケ 」

写真家、植本一子が不定期でお届けする「先生おしえて!」。
記念すべき第一回は、植本一子が自身のブログでも慕う「先生」こと漫画家の安田弘之さんにお越しいただきます。

今回は植本の最近のブログを参考に、漫画家でありカウンセリングが趣味という安田先生に「依存と依存しない生き方」をテーマにお話をお聞きしたいと思います。自分の生きづらさは一体どこから来ているのか。そのヒントが見つけられるかもしれません。

今回B&Bでの対談が初対面となる二人。ネット上でのカウンセリングを経て二人が対面した時、何が飛び出すか分からないトークショーとなっております。どうぞお楽しみに。

安田 弘之
1967年 3月2日生まれ(新潟県新潟市(旧巻町)出身)
95年に『ショムニ』で漫画家デビュー。同作はテレビドラマや映画で実写化された。他代表作に『ちひろ』『紺野さんと遊ぼう』『ラビパパ』『寿司ガール』など。現在エレガンス・イブにて『ちひろ』の続編『ちひろさん』を好評連載中。

植本 一子
1984年広島県生まれ
2003年にキヤノン写真新世紀で荒木経惟氏より優秀賞を受賞。 写真家としてのキャリアをスタートさせる。
広告、雑誌、CDジャケット等幅広く活躍中。
著書に「働けECD~わたしの育児混沌記~」(ミュージック・マガジン)がある。
ichikouemoto.com

お申し込みはこちら
# by hatarake-ecd | 2014-07-15 21:04

6/28

6/28(土)

昼、撮影の仕事。
午後、武蔵境にある国際基督教大学のイベントに友人の編集者の太田さんが出展しているというので見に行く。ちょっとした学祭のようなものらしく、ブースがいくつかあり、「ヘイトスピーチ」に関する写真展もやっていた。いつもツイッターで見かける、デモの写真なんかが大きくプリントされて教室に貼り出され、プロジェクターで関連動画が流れていた。石田さんもどこかに写ってそうだな、と少し探したりした。秋山理央さんの撮った写真もあり、野間さんが写っていた。

編集者の太田さんは、一年前に天然スタジオでプロフィール写真を撮ってくださったのが縁で知り合いになった。関西を中心に活動されていて「福祉施設発!こんなにかわいい雑貨本」という障害者施設で作られる雑貨を紹介する本を出されている。ブースでは「コトノネ」という障害者の働く現場を紹介する雑誌のバックナンバーを持ってこられていたので、一冊購入する。

今日は一日中ずっと気分が落ち込んでいる。また今までと同じようなことを考えて暗い気分になっている。どこにも行きたい場所がなく、会いたい友人も特に思いつかず、でも一人でいることに落ち着かない。そんな自分に気づいてまた落ち込む。こんな時に人と会ったところで何も解決しないのは分かっている。通り雨がすぎるように静かに待つしかない。実際に今日はとてもよく雨が降っている。

まっすぐ帰ろうと思っていたけれど、阿佐ヶ谷のコンコ堂に寄ることにする。携帯の充電も兼ねて2時間ほど居座ってしまった。天野さんと話して少し気がまぎれた。コンコ堂の入ってすぐ右にあるコーナーが好きでいつも何かしらそこから買っている気がする。
パッと手に取った「答えは子どもの中、お母さんの中に」という本を購入。渡辺範子さんという方が書かれていて、福音館書店から出ている。全うな育児本を読めば読む程、自分の出来なさに落ち込むので、あまり立派そうなものは読まないようにしていたのだが、少し捲って読んだところにこんなことが書いてあり、買うのを決めた。
「子どもは絶対なる承認、すなわち「あなたはそれでいいのよ」と受け入れられた根っこがあれば、必ず独立、自立します。子どもの欲求には「動きたい、自分でしたい」というのもありますが、もっと根っこでは「愛されたい」のです。」
私はまだまだ自立出来ていない。

もう20時を過ぎていて、でも家に帰りたくない。阿佐ヶ谷の商店街を当ても無く歩いていて、気まぐれにお菓子のまちおかに入った。店頭で安売りされていたロッテのチョコパイ、ブルボンのチョコあ〜んぱんを手に取る。私にとってお菓子といえばこの二つなのだ。そして懐かしいものを見つけた。UHA味覚糖の「さくらんぼの詩」という袋入りの飴。他にも「野いちごの小道」と「クリームソーダ」がある。これは母がいつも鞄に常備していたものの一つで、気まぐれに幼い私の口に入れてくれたのを思い出す。パッケージの絵も変わらない。手に取ると思わず涙が出そうになった。思えばチョコパイもチョコあ〜んぱんも、母がいつも買っていたものだ。

思わず先生に連絡してみた。


ーーーーー普通は混じり合って灰色をしているものなのですが、きれいにぱっくりと白と黒に別れてしまっていますね。普通はもっと不利幅が小さく一人の人間の機嫌程度の範囲内に収まっているのですが、あなたの場合は完全に交代してしまうようです。自信がなく、不安で見捨てられる恐怖心が強く、人が幸福そうだと気に入らない。そういう黒いあなたです。本来は白だけでも黒だけでもダメです。
ただ白い方の人格が気に入られてると強く思い、黒い方の人格を押し込めて出さないようにする人は、この手の分離を起こします。圧力が高まれば押さえ込んでいる手は弾かれます。しばらくあなたは白くおとなしい物分かりの良い人格だったので、黒いほうがしびれを切らしたのでしょう。あなたの中にその黒い方の人格を嫌う心が強いからです。

黒い方、それは本来のあなたの別人格です。そしてそれは嫌ってはならないものなのです。
切り取ってなくせばいいんだ!と思ってきたと思います。それはより強くその黒い人格を封印しようという決意です。さて、された方はどうでしょうか?「私はお前が大嫌いだ」そう言われているんです。
その黒い子は怒りと悔しさに満ちているのです。存在を認めてもらえない。いなければいいと思われている。しかし間違いなくあなたなんです。イライラして癇癪を起こして暴れる時、あなたが暴れるのはいつも相手がいたと思いますが、その相手はきっかけでありとばっちりです。彼女が一番怒っているのはあなた自身に対してです。

良い人になろう、その意識が黒い人格の切り離しを行いました。その考え方が間違っているんです。悪とは人間にもともと備わった属性の一部であり、善の裏面です。くっついているものは引き剥がせません。何が起こるかというと、あなたが白くなればなるほど、黒い方も黒さを強くするのです。あなたがより善人になれば、より強くあなたの悪が深くなります。
暴力団を徹底的に取り締まれば、街が平和になるという考え方です。犯罪者や暴力団を徹底的に厳しく取り締まれば、平和な街になると信じて締め上げてきたんですね。しかし彼らは実は街の一部です。

考え方を根本から変えてください。いい人になることをやめてください。正確に言うと、いいだけの人ですね。この今のあなたが大事なあなたの人格であるということを忘れてはいけません。白いときは白いが、黒いときは黒いぜ、それでいいんです。
人間はそんな一面だけでは生きてはいけません。どういう感情を持ってもいいし、それは白くても黒くてもあなたの大事な感情です。そう思ってみてください。
今日は当然の揺り戻しです。



22時前に家に着いた。すっかり気持ちは落ち着いていた。得体のしれない何かに、こうして先生から言葉と札をつけてもらう。毎回その作業だ。



# by hatarake-ecd | 2014-06-30 12:18

6/26

6/26(木)
最近は大きな波もなく、自分でも驚くくらい穏やかに過ごしている。先生に話しかけることも自然と減り、先生に頼っていないということが自分の自信にもなっている。
先生との出会いを含め、この1ヶ月は怒濤の日々だった。やっと自分を見つめ、戦い始めたところである。それでも、これまでにない充実感を自分に感じている。変わりつつある。
先生からは「またきっとやらかすよ」と笑われているが、先生はいつでも応えてくれるし、何よりこの一ヶ月の対話があること、それをこうして表に出して残すことで、私はよりいっそう強くなれるのだと思った。
日記を更新する度にいろんな人から連絡が届いた。心配してくれる人、「私もだよ」と自分の話をしてくれる人、何も聞かずにご飯に誘ってくれる人、嬉しかった。
石田さんは日記を見ているだろうけれど何か言うわけでもなくいつも通りにしてくれるし、好きな人とは距離をとりつつ今まで通り仲良くしている。

離婚はしないだろう。
好きな人には幸せになってほしいと思う。

私は少しは変われたのかもしれない。



ーーーーー思いの癖を変えるのはほんとうに簡単ではないです。何度も元に戻るかもしれませんが諦めないで続けてくださいね。あなたのことが好きな人はたくさんいます。そして過去にもたくさんいました。でもあなたはそれを信じられなかっただけなんです。



# by hatarake-ecd | 2014-06-27 10:48

6/21

6/21(土)
珍しく友人の男子から恋愛相談を受ける。前は私が彼に、好きな人について相談していた。その時の彼はとても共感してくれていたのだが、今度は彼の方が全く同じ状況なのだと言う。
人の恋愛相談となると、不思議と客観的に見ることが出来、言葉が自然と出てくる。最近先生に言われていたことに通じることがほとんどだ。

彼は自分に自信がないのだという。私からみれば彼はとても素敵な人で、充実して見えるのに、好きな人に対してコンプレックスがあるのだという。それが原因でいつも喧嘩になるという。このままでは死ぬしかないとまで言う。それが半分冗談ではないのが分かる。私にもそう思っていた時があるからだ。
先生の言葉を思い出す。


ーーーーーコンプレックスの塊。親から勝ち負けじゃない価値観を教えられてないのです。そういう人は周りに嫌われるので浮いていたでしょうし、浮くことでより強く、勝たなければ世間はこういう扱いをするんだと思い込み、勝ちにこだわるのです。勝てば何もかもが変わるんだと。何も変わりません。


彼の言うこともよく分かるし、そうやってコンプレックスを持つことに意味がないことも今は分かる。私も同じようにいつも人と自分を比べていた。今は、人と自分を比べないことと、人に合わせないことを意識してやっている。


ーーーーー本当は最初にもらうはずの大事な自信を親からもらうことができず、あなたはこの世にいてもいいんだろうか、いたら迷惑な人間じゃないんだろうか、そういう不安を最初にもらいました。そのタネを発芽させて育ててしまったんです。
不安な人は「相対価値」にすがります。絶対の自信がないので、人と比べてより強く、より良く、より多く、そうやって比較から自分に価値をつけようとします。あなたが他人と自分を比較するのは、自分の中に絶対の自信を持たないから。そしてそれは最初にもらえるはずだったのに、もらいそこねたんです。
心細くて当たり前だし、自信がなくて当たり前。それでもなんとか生きてきたんです。



# by hatarake-ecd | 2014-06-21 11:08

6/19

6/19(木)
午前中、事務所へ行くとレターパックが届いていた。差出人は知らない女性で、鳥取からになっている。
開けると手作りらしい文芸誌と、鳥取名産とかいてある既製品のかつおだしパック、そして丁寧な字で書かれた手紙が入っていた。一方的に私のことを知ってくれている人が、事務所の住所を調べて送ってきてくれたらしい。私の日記も写真も好きで、読むとがんばろうと思えるのだと手紙に書いてあった。
同じようなことをメールでくれる人がたまにいる。その度に背中を押されるような気分になる。私がちょっと前に落ち込んでいた時、ツイッターに「見ると元気の出るブログとかあったら教えてください」と書いたのをずっと気にしてくれたらしく、同封されていた文芸誌はその人にとって元気が出る物なのだという。こんな風にタイミング良く助け舟を出されることがある。いよいよ日記を書こうかな、と思う。

昼、音楽雑誌でミュージシャンの撮影。ボーカルの人で、私より20歳ほど年上の人だった。とても気さく、でも軽くはない。懐が広い人だった。私の要望にもまじめに答えてふざけてくれたり、撮影の合間に話しかければ同じ目線で会話をしてくれる。こういう人が人を惹き付けるんだなと思った。撮影終わりには握手と抱擁。なんだか優しさが伝わってくるようだった。

恵比寿に移動してリキッドルームの上のKATAへ。明日から始まるロスアプソンのTシャツフェアの納品。ちょうど同じタイミングで来ていたアブラハムクロスのソウジロウ君、写真家の塩田正幸君、下高井戸トラスムンドの浜ちゃんに会えた。ロスアプソンはもちろん、周辺のこの人達のこと、この3人に限らず、好きだとしみじみ思った。みんな不思議な魅力があり、かっこいいと感じる人たち。少し話しただけで大した話もしてないけれど、なんだか憑き物がとれたみたいに軽くなった。

帰りに恵比寿の駅前にあるモンベルに寄る。来月ビーサンと高尾山に登る約束をしているので、一応登山靴を買おうと思ったのだ。お店の人に聞いて、KEENというメーカーのものを選んでもらって試着。高尾山は登りやすいしハイキング用で十分、でも山のレベルを上げようとするとこの靴では難しいと言われる。登山がしたいわけではないし、気晴らし程度に考えていたので足が疲れなければどれでも良い。
「どうして高尾山なんですか?」と聞かれ一瞬戸惑ったが、正直に「天狗が見れるって聞いて」と答えた。すると少しの間があって「それは、見えるといいですねとしか言いようがありませんね」と返された。そこから話は弾まなかったが、別に良いと思えた。もっと話の弾む答えにすれば良かっただろうか。
その場をやり過ごす答えも十分思いつける。今までの私なら、会話の続く模範解答を口から出したはずだ。

先生に言われた言葉を思い出す。
ーーー人と同じを目指すんじゃなくて、人と違うを目指してください。そこにあなたの価値が生まれるんです。
あなたは本当のことを話せば人から好かれないと本気で信じていますね。逆です。
マニアックなあなたをアピールしなけれは大事な人に素通りされちゃうよ。

家に帰ると一通の手紙が届いていた。「もうこうやって手紙を出すことはないと思います」と書かれた手紙を最後にやりとりのなくなった彼女からだった。私はてっきり嫌われてしまったのかと思っていた。小さなメモ用紙1枚に、細い丸文字が詰め込まれていた。殴り書きでもないのに、切実さが伝わってくるような手紙だった。



今日から遡って日記を書いて行きます。



# by hatarake-ecd | 2014-06-20 11:43

6/18

6/18(水)
何か新しいことを初めてみようと思い、午前中にヨガへ行く。精神的にはもちろん、肉体的にも鍛えたい。
新しいところへ行くことはとても勇気がいるし苦痛だ。自分の居場所がないところに飛び込むのはしんどい。仕事では毎回が新しい現場だが、仕事と割り切れるのと一過性のものなので、緊張感は良い結果に繋がったりもする。しかしこういう自主的なことは違う神経を使うのでこれまで避けてきた。それでも、自分は自分でいい、どこに居てもいい、ということを少し頭の片隅に入れておくことで、不思議と楽に参加出来た。
帰り、神楽坂から水道橋まで歩いてみる。一人でやることすべてが新鮮に感じる。私は今、ひとりでも平気だ。
行ってみたかったお店、アンチ・ヘブリンガンへ。ラストオーダーぎりぎりに滑り込み、春菊のジェノベーゼ。前菜の豆の料理が美味しい。聞くと、スペルト小麦とレンズ豆を茹でて、オリーブオイルと塩だけの味付けという。わざわざ茹でる前の現物を見せてくれた。ホールの女性がとても感じよく気持ちのいい人。


午後は延期していた好きな人の撮影。しかし疲れのせいか着く頃には体調が悪くなり、どうしても気分が乗らずぐったりしてしまう。しかし写真を撮らないと自分はここに居てはいけないんじゃないかと思い始める。好きな人と自分を繋いでいるのは写真だけで、自分自身には意味がない。なのにどうしても写真が撮れない。そんな風に思ってしまう。また公私混同している自分に苛立つ。
一緒にいると辛い。自分の嫌な面ばかりが見えてくる気がする。


雨が降っていたのでバスで保育園に迎えに行く。
最寄りのバス停からの帰り道、子どもたちが手をつなぎたがる。手をつなぐのはあまり好きではない。荷物がたくさんある、家まで遠い、疲れている。無理矢理手をつないでいる自分に気がついた。自分のことも子どものことも、嫌で嫌で仕方ない。今日お母さんは疲れてるから、一人で歩いてくれる?と頼んでも、上の娘は聞いてくれず、機嫌を損ねて一歩も動かなくなってしまった。そんな自分が情けなくて、娘達の前で泣いてしまった。すると下の子が私に「どうしたの?しっかりしないとだめよ」と言ってくる。そして焦ったように上の子を引っ張って連れてこようとする。上の子はさっきまでふてくされていたのに、私をみて「どうしたの?しんぱいしてあげるよ」と言い出す。少し泣いたのと、しんぱいしてあげるよ、という娘の言葉に何か冷め、なんとかまた二人の手をとり歩き始めることが出来た。
昨日までかなり調子良く来ていたはずなのに、揺り返しのようにまた落ち込んでしまった。


ーーーーー調子のいい時はなんでもできそうな気になると思います。そして調子の悪い時はすべてが水の泡になり、この先いいことなどひとつもないように思えるはずです。
どちらも錯覚です。
調子のいい時はいつまでも続かないし、調子が悪くても我慢していれば勝手に上昇してきます。
右往左往しないことです。
一緒にいても辛いと思っている人でも頼りにしてしまうのは、それだけあなたが普段から孤独だということです。誰も味方がいなから傷つける相手でも側に置きたいのです。
そして何度も言いますが、彼のことも子どものことも両方ともに、自分は愛される価値などない人間だという自分の残酷な自己評価が原因です。
錯覚です。その錯覚に飲み込まれてしまわないようにしっかり心を保ってください。

ーーーーー思っているのは自分だけ。世の中は昨日と同じに動いてるだけだし、明日も変わらない。自分だけが自分の未来は真っ暗だと思い込んでしまいます。でもこれを切り替えるのは並大抵のことではありません。方法は、やり過ごす。にわか雨のようなものなので、通り過ぎるのを待つ。これしかありません。
今あなたをそうやってどん底に落としているのは、あなた自身です。他の誰でもありません。


先生からこれまでたくさん言葉をもらい、それを何度も反芻して、分かっているつもりだったのに、また同じ思考に陥っていた。陥っていることにさえ気づかないくらい、はまってしまうとそこから抜け出せなくなる。これまで自分はどうしていたんだろうか。少し前の自分のことを考えると、不憫で仕方ない。解決策が見つけられず、孤独を深めていった自分。こうして客観視できるようになった今、少しづつ自分自身が明るくなりつつあるのを感じている。
蜘蛛の糸を登っているなら、糸の先にはほのかな光が見える。そこに近づくつれ、明るい世界があることが分かる。しかし焦って登ろうとすると糸は簡単に切れてしまう。そしてまたあの地獄に落ちる。けれど不思議と糸は何度でも降りてくる。その糸はだんだん頑丈になって登りやすくなっている。もちろん私はもう一度登り始める。


ーーーーーいろいろ自分の心が見えるのは辛いと思います。でも本当の心を見つめ続けることで初めて動かなかった現実が変化を始めるのです。



# by hatarake-ecd | 2014-06-20 11:38

6/16

6/16(月)
石田さんが買ってきた「東京人」という雑誌を読む。つげ義春特集で、珍しくつげさんのインタビュー記事が載っているのだ。つげさんが精神的な病気を抱えているのは有名な話だが、今は息子さんが精神を病んで苦しんでいるということに言及されていて驚いた。噂で聞いてはいたけれど、隠しているものだと思っていた。息子さんはもう二十数年他人との関係がなく、友だちも一人もいないのだという。つげさんの奥さんである故・藤原マキさんの著書である「私の絵日記」にはとても励まされた。破天荒なお母さんの正直で簡潔な文章と、丁寧で優しい絵のタッチが好きだった。つげさんがあとがきに書いた文章も素敵なのだ。なにかと自分に似たものを感じていたのかもしれない。私の中で、本の中の息子さんはかわいい一粒種の正助として今も生きている。
つげさんがインタビューで「最近『子は親を救うために「心の病」になる』という本が出ていて、まだ買っていないのですが、その書名だけで内容が分かるような気がしているんです。」と言われていたのが印象的だった。私も気になっていた本だ。

石田さんに、最近カウンセリングを受けていることと、分かってきた自分のいろいろについて少し話してみると「それって親離れ出来てないってことかね」と言われた。親離れ、という言葉に反応してしまい「そうじゃない、そうじゃない」と強く反論した。あとでよく考えてみれば言わんとすることは分かるのだが。親の呪縛から逃れられてない、ということが言いたかったのだろう。

昼、自分の誕生日さえ祝ってなかったことを思い出し、池ノ上のユリイカで一人でランチを食べた。ずっと食べたかったパテ。これまでの自分なら、一人で食事なんて寂しいと思ってする気にもなれなかったし、意味がないと思い込んでいた。ふと、一人は気楽なものだなと初めて思った。誰にも合わせなくていい。そんな当たり前のことも見えていなかった。
夜、吉祥寺のアムリタ食堂でアルフレッドビーチサンダルのライブ。最近ビーサンのブログを見たらこう書かれていた。
「ここ最近の出来事 植本一子さんと会う機会が多かった。楽しそうだったり、怒ってたり、悲しんでたり毎回様子が違った」
5月の前半、悩みに悩んでいた頃、ビーサンにはよく付き合ってもらった。ブログ読んだよ、と言うと、本当にいつも違う顔してたよ、と言われた。

帰り道、ふと思った。心の底から母親が好きな人はいるんだろうか。私の周りには母親との確執を持った友達がやたら多い。多かれ少なかれみんな何かしらあるのかもしれない。
そして自分自身に対してその質問をすれば。答えは全力でイエスであり、全力でノーなのだ。

外食が続いたせいか夜にお腹を壊した。



# by hatarake-ecd | 2014-06-20 11:37

6/15

6/15(日)
今日は子どもと3人、天気もいいし出かけてみることに。
今までの私なら子連れで電車に乗って出かけるなんてとてもじゃないが考えられなかった。子どもは言うことを聞かない、そして言うことを聞かせる術を私は知らない。怒鳴ったり、見放すくらいしか。どっちもやりたくない。自分がイライラするのが目に見えている。
でも子どもも随分大きくなったし、これまで先生に言われたことを思い出せるなら、なんとなく出来るかもしれないと思った。また、出かけて忙しくすることで、好きな人のことを考えて落ち込んだりしなくて済むとも思った。
先生からは、依存症と恋愛の区別がつかなくなっている状態をなんとかしたいから、連絡を断つことで冷静になって欲しいと言われている。昨日、好きな人そっくりな人を見かけて、幻覚かと思った。


ーーーーー残酷な言い方しますけど、アルコール中毒の禁断症状のようなものです。我慢しようとすればするほどアルコールが欲しくなるでしょう。アルコールの代わりになるような何かが必要なのです。辛いのはわかるのですが、なんとか他に目を向けて意識をそらすことはできないでしょうか?
簡単に言うと依存症なんですよ。対象はなんでも原理は同じです。それがないと生きていけない。それしか人生の喜びがない。そうなった時にそれに依存していくわけで。どこかで断たなければならないんです。
でもただ「やめよう」ではよけいに欲しくなるだけで、なぜ自分がそれに溺れてしまうのか。それで何を誤摩化しているのかということを、ちゃんと考えて根本を断たないといけないんです。


子どもに意識を向けることが出来れば一番いいことも分かっている。そしてそうすることが辛く感じ、自分には難しいことも分かっている。本当にどこへ意識を向ければいいのかが分からない。


ーーーーー自分に向けてください。また言いますけど、あなたは全く自分を愛していません。可愛いとも思っていません。子どもはあなたの分身なんですよ。あなたが自分が可愛くないと思っているから子どもも可愛く感じないんです。
普通の親はまず自分大好きです。だから分身の子どもが可愛くて仕方ない。健全に育った人はそうです。
あなたが目をそらしているのはそこなんです。自分が可愛くないのが辛いんです。それでよそに目が行く。そう思ってみてください。
自分のためになにかしようとしますか?たいがい誰かの役に立ちたいとかじゃないですか?
逆にいうと必要とされなければ全く無価値だと考えてますよね。そこがとても問題なんですよ。

ーーーーー他人から許可をもらって初めて自分がいて良くなる。だからあなたはそれをくれる人がいないと存在してないんです。それに耐えられない。
一人で立つということは一人で居ても、許可をもらわなくても、自分に価値があると思えることです。与えてもらうのではなく、自分が自分に丸をつけて生きているということです。


最近、自分の写真の良さも分からなくなってきていたのだ。自分に唯一自信のあるもの、それが写真だった。それさえも見失いつつあった。自分が分からなくなるにつれて、自分の写真の良さも分からなくなっていた。


ーーーーーあなたの良さはあなたが知ってます。あなたがとても好きな写真をあなたが撮るからでしょう?それが出来ていればたとえそれがどんな評価をされても、あなたにはベストな写真ですよね?これが自立です。
人に評価されることを自分の価値にしてしまっていますからね。それが写真なら、あなたは自分の写真を全く信じていないので、コンテストや偉い人の評価が良ければいい写真だ!と思い、ダメ出しされればダメなんだ!と思うようなもんです。評価が低くてもいいものはいい!そうこっそり思ってることが自信です。自分に対してそれはないでしょう?
写真の例えで言うなら、あなたは目の前の人が喜ぶ写真だけに価値があるんだと言ってるわけです。こっちの人がこういうならこれ、あっちの人がああいうならあれ。
目の前の人に気に入られるのがいい写真であり、それを撮れた時にだけ自分には写真家の価値があるんだ。そう言ってるようなもんです。


電車に乗って出かけ、私の行きたいところへ子どもたちに付き合ってもらった。途中子どもたちが喧嘩をし始めたりイライラすることもあったが、大きなトラブルもなく帰ってこれた。何より子どもたちが楽しそうで嬉しくもあった。丸一日付き合ってもらったので、最後に近所のユニクロで服を買ってやることにした。
「何でもいいから自分で選んでいいよ」と初めて言ってみた。自分のこだわりが強すぎるせいか、私が気に入らない服を子どもが選ぶのを否定したり、私が着せたい服を気に入るように誘導したりしていた。良くないと思いつつ、子どもの気持ちを無視していた。
これでは子どもの意思は作られないし、言いたいことが言えなくなるのではないかと思った。自分が親に何も言えなくなったようにだけはなってほしくない。そこだけは絶対に避けたい。子どもの時に、誰にも言えずに悩みを抱え込む辛さを私は知っている。せめて私は子どもの味方で居たいのだ。


ーーーーー子どもが喜ぶ服は買ってあげてください。それが自分を持ちつつ他人の趣味を尊重するということです。これは妥協ではありません。私は趣味じゃない、好きじゃない。でも子どもはとても喜ぶ、それなら買ってあげよう。これが自信のある人の態度です。


自信を持つこと、すなわち自分を好きになること。簡単そうで難しい。でも、今なら出来そうな気がする。


# by hatarake-ecd | 2014-06-20 11:36

6/14

6/14(土)
今日は好きな人の撮影の予定があったが、とてもじゃないけど撮れる精神状態ではなかったのでキャンセルさせてもらう。代わりに斉藤先生に家に来てもらい、作ってもらっている自分のホームページを完成させる。何もやる気が起きず食事さえまともに摂れなかったが、自分のこれまで撮った写真を見ていると気がまぎれ、少しだけ元気が出るのだった。これまでの話を斉藤先生にすると「確かに一子を見てて、本当に思ってること言ってるのかなっていうか、状況に合わせて言葉を選んでるなと思ったことあるよ」と言われた。身近な人はよく見ている。

好きな人から、もう恋愛感情はないと言われている。それでも大事な存在で、味方なんだとも言われた。一緒にいようと思えばいつまでも一緒にいられる。一度好きになった人を簡単に嫌いにはなれない。
それが私にはさっぱり理解出来ず、どうしても納得することが出来なかった。自分は見捨てられたんだと思うと辛くてやけを起こした。一緒にいることが辛くても、一人になるのが怖くて離れることが出来ない。相手の言っていることは分かっても、うまく距離をとることさえ出来ない。終わった恋愛の人間関係に意味はないと思っていた。今まで人とそんな関係になったことがない。
味方なんてあり得ないと思いつつ、でも心のどこかで、そんな風に人と関係を築きたいと思う自分もいた。


ーーーーー分かってもらえないのは彼の方です。あなたが望む愛し方の形をしないと許されないんですよ。一緒にいて楽しく安らぐ人、あなたに彼が求めているものがそれです。あなたがそれに満足できないのであればこの関係は成り立ちません。あなたの中には男女では親友が成り立たないという思い込みがあります。僕の中には当たり前のことです。

ーーーーー今のままではあなたはどこに行っても楽にはなれません。あなたの中に不幸のタネ、孤独のタネがあるからです。すべては同じ原因です。あなたが誰かに幸せにしてもらおうと考えていることです。幸せにしてほしい、助けてほしい、そう思ってます。してほしいと思ってる限りは相手に依存します。すっぱり諦めてほしいです。幸せになる。助かる。これは自分の力です。

ーーーーー人は所有できません。人に所有されることもおかしいです。人は独りで立ち、手をつないで並んで歩くのです。その意識が恋人であり結婚です。
言葉ですからね。恋人だのなんだのって僕だってそんなもんよくわからないし、ひょっとしたら経験してないかもしれません。あなたには恋人という言葉にものすごいバラ色の幻想が入ってるんですよ。
関係性に言葉は本来当てはまらないことが多いです。恋人じゃないという言葉があなたには愛してないとしか聞こえてませんが、彼は「僕らの関係は恋人という言葉じゃないなにかだよ」と言ってるだけです。
結局は所有欲です。独りで立てていないから誰かを所有しないと嫌なのです。
好きな人は一人いればいいです。でもその人を所有するのは違います。


そういえば石田さんと結婚しても、石田さんを所有したともされたとも思ったことはなかった。だからここまで一緒にやってこれたのだろう。石田さんとの関係も言葉にすることは難しい。夫婦として世間から見られるのが嫌で離婚を考えた。戸籍の上では夫婦ではあるが、言葉にできない関係性だとも思う。そしてそれはとても自由で楽なのだった。

好きな人との関係を巡るあれこれ、すべては自分に自信がないことが原因なのが今やっと理解できた。
そしてその自信を持つことが許されていることも。



# by hatarake-ecd | 2014-06-20 11:35

6/13

6/13(金)
昨日まで調子良くやっていたのに、またいつものパターンで好きな人に対してやけを起こし、それまでのことをふいにするようなことをしてしまった。そういうとき、ダメな自分が自分自身を支配してしまって手が付けられなくなる。
夜、家にいても泣き出しそうになってしまう。子どもたちに泣いているのを見られるのはまずいと思い、石田さんが帰ってきたら「昼に嫌なことがあって、ちょっと散歩に出てきていいかな」とお願いした。すると「いいよいいよ」と、何も聞かずに送り出してくれるのだった。
夜の21時、どこにも行けるところがない。近所のマンションの暗がりに座って、泣きながら先生にチャットで話しかけた。

昨日好きな人のライブを見に行った。正直、毎回ライブを見るのが辛いと思っていた。何故か理由が分からなかった。しかし先生にはお見通しだった。


ーーーーー好きな人のライブなら本来は楽しみで仕方ないはずです。ではなぜ不安になるのか。
羨ましいんです。こんなに楽しそうな幸せそうな世界があるのに、私には縁がない。それは辛いですね。つまりこれは彼に限らないんです。あなたは幸せそうな人たちを見てたらぶち壊したいし逃げたくなります。
自分が持ってないもの、持てなかったものを目の前で楽しんでいる人たち全員に猛烈な嫉妬をするんですよ。


とても心当たりがあった。しかしこうして先生と話して言葉にするまでは、自分は情緒不安定なんだと思ってそれで通していた。生理前のホルモンバランスの崩れだと思い、そのためにピルも飲んでいる。抗不安薬をお守りのように持っているのもそんな面があるだろう。デパスを飲んでからライブにいこうとも考えていた。ちゃんと考えれば異常なことだ。
先生に言わせれば、おなかが空いたのを睡眠薬でなんとかしようとしてるようなものらしい。眠れば何も感じない。


ーーーーー今まではその感情に言葉も意味もつかなかったはずです。そういう得体のしれない感情ってのが一番手に負えないんですよ。その感情の意味と理由をしれば対策が立てられます。
あなたが感じているのは嫉妬です。幸せな人たちへの嫉妬。理不尽な怒り。


得体のしれない感情に支配された時、私は好きな人に対して酷いことを言ってたくさん傷つけた。自分で自分を止められず、後から後悔して自己嫌悪するばかりだった。


ーーーーー彼には全くあなたの怒りの意味がわかりませんよ。なんで自分が楽しそうにしていただけで怒られなきゃならないの?楽しんじゃいけないの?自分がどうしてたら満足してもらえるんですか?誰とも仲良くしないであなたとだけ話すようにすれば?
それは彼を地下牢に閉じ込めることでしょ。それで満足できますか?
自由を奪うことであなたは彼を独占したかった。彼が自由であるだけで腹が立ったんです。
後悔してください。なぜを知ってください。
あなたが自分の感情の理由をしらなかったことがその不幸を生んだんです。
嫉妬と怒りの塊なんですよ。あなたは。性格に言うとあなたの中の子ども時代の少女は。

ーーーーーあのね、実はお母さんがそういう人なの。内面は嫉妬と怒りの塊。人の幸せを喜べない。むしろ壊してやりたい。そういう本性を持つ人です。だから接した人が壊れるのです。そういう人にあなたは育てられたの。
だからあなたも不満と怨念だらけなんです。


接した人が壊れる。父と兄は鬱病になった。そして私も今こうして苦しい思いをしている。精神的に弱い血筋なのかなと思っていた。しかし母はそんなものとは無縁に思えた。家族の中で母は一人、浮くような図太い神経を持っている。
しかし自分が母に似ているなと思う瞬間がよくあり、そしてそれは猛烈に嫌なことだった。


ーーーーー何が似ているかというとね、根本の不満が似てるからなの。あなたのお母さんも自分が一人ぼっちで誰にも必要とされてないと思ってます。心が満たされたこともなく、いつも不平不満しか見えません。どうして自分だけ・・・という理由を見つけられず。なぜか幸せな人や自分より持っている人たちに腹が立ちます。お母さんもまたお母さんのお母さんから何ももらえなかった人でしょう。あなたはそこがかわいそうで同情するかもしれませんが、かわいそうなこととあなたが傷つけられたことは別ですからね。彼女は自分がそうやって人の幸せに嫉妬し、壊していることを知りません。
あなたが好きな人のライブで嫉妬したのはこの同じ根っこから出ている感情です。

ーーーーーこれは克服可能なんです。なぜそうなのか。それを知ればいい。そうなった理由を解消して生きていけばまったく違う人になります。幸せな満たされる人生も手に入ります。理由がわかることで同じ辛さでもずっと冷静に対処できます。道に迷ってはいますけど地図があるんです。
いつも辛いことばかりぶつけますけど、辛かった現実を知ることで楽になれると信じているからです。
これしか方法はないと思います。


未だに母を悪く思いたくない節がある。自分はまともな人間に育てられたと思いたい。母にはいいところだってあった。


ーーーーー今また母親を好意的に見ようとしましたね。かばおうとしましたね。そういうのがなたの目を曇らせるのです。
この人にもいいところがあるって思うからその人に似てしまうんです。僕が親に酷いこというからみんなかばい始めるんだけど、だからダメなんです。親を恨めなければ先はありません。
いいところがない人なんかいません。連続殺人鬼にだっていいところはあります。優しくて温厚で情に厚い時がありますよ。でも、やることが人非人。それが凶悪犯です。やったことは許されないんです。
過激なこと言ってますけど、僕はあなたの深層心理の代弁をしてるだけですよ。怒れないあなたの代わりに怒ってます。ここまで言っていいんだという見本を示してるんです。



# by hatarake-ecd | 2014-06-20 11:34

6/12

6/12(水)
ふと、10日前の下の娘の誕生日にプレゼントを買ってやらなかったことを思い出した。今となっては信じられないが、本当に思いつきもしなかったのだ。離婚するかしないか迷っていて、自分のことで頭がいっぱいだった。


ーーーーーあなた自身がまだ自分の中での幼児性を満たされていない状態で、子どもを持ったことでアンバランスが生まれています。子どもが子どもを育てることになってしまうので、同じ子どもですから横並びで張り合います。自分より幸せになることも許せません。そういうものと、良い母親でありたい、という感情がぶつかりあって出たり引っ込んだりしてしまうのです。
どちらもほんとなんですよ。
あなたは誰よりも良い母親でありたいですし、優しくしたいですし、自分がされて嫌だったことはしないで、して欲しかったことはしてあげたい!と思っているはずです。
でもあなたの中に二人いるんです。もう一人はそんなこと許しません。
良い時のあなたが子どもに優しく喜ばせるようなことをすると、後ろから嫉妬の女の子が出てくるのです。そんなこと許せないと。
良い母親のあなたとそれを許さないあなたが二人、あなたの中にいるから混乱していたんです。その二人が入れ替わって母親をやっていると理解すれば、とてもわかりやすくなると思いますよ。


母親である自分が嫌いだ。また、自分が母のようになるのではないかと思うとゾッとする。
上の子も下の子も、私の顔色を伺っているように思える。それは私が母に対してやっていたのと同じことだった。


ーーーーー判断基準が見つけられないのだと思います。これはいいと言われたり今日はダメと言われたり。価値観を一定に決められないのではないでしょうか。昨日はやってよかったことが今日はダメだったり、喜んでもらえると思ってやったことで怒られたりすれば、あなたの機嫌に合わせるしかないですから。
いいも悪いも王様次第ですから、庶民は息を殺して王様の今日のご機嫌をうかがって生きるようになります。あなたがそうしてきたわけです。
自分の決定や決断、感情を素直に出せなくなるのは当たり前ですよね。お母さんを怒らせないように、そのために全力を注いできたはずです。辛いことでしょうけど、同じことがあなたのお子さんにも起こっています。
あなたの子どもたちの混乱は要するに、二人の母親がいて、今日はどっちのお母さんなのか読めないところにあるんです。つまりこの二人が仲直りして一人の存在になった時に、自然に子どもたちに良い変化が現れるということになります。だからまず自分を解決することです。


自分を好きになれたら全部解決します。


仕事の帰り、近くの子供服屋で誕生日プレゼントを探した。下の子の誕生日プレゼントとはいえ、上の子がうらやましがるのは目に見えている。下手をすると上の子が下の子のものを取り上げてしまうこともある。下の子はそれを渋々受け入れる。自分が折れれば丸く収まると思っているのが私には分かる、とても我慢しているのを感じる。時々、私が上の子にさじをなげた時、すかさず下の子が上の子のフォローにまわるのだ。泣いている上の子を優しく慰めたり、靴を履かせたり、さながら小さいお母さんになる。それを見るのは胸が痛い。でも私には出来ない時がある。
結局、色違いのワンピースを二着買った。きれいにラッピングしてもらい、メッセージカードをつけてもらう。青とオレンジの2色のワンピース。下の子に先に選ばせるとして、どちらを選ぶか分からないので、子どもの名前は書かずに「おかあさんより」とだけメッセージカードに書いた。

子どもたちも大きくなって、私のことが許せなくなるのだろうか。それとも今ならまだ間に合うだろうか。



# by hatarake-ecd | 2014-06-20 11:33

6/11

6/11(水)
先生から、ある動画を教えてもらう。
シーザー・ミラン 重度不安症のルナのリハビリ


これを見て、同じなんだな、と思った。
自分が思っていたこと。母から、信頼してほしかった、優しくしてほしかった、分かってほしかった。全部してもらえなかった。
もう母に自分の心のうちを話すのをやめよう、と決めた時があった。はっきりと、自分の思っていることを伝えることを諦めた瞬間を今でも覚えている。
信頼出来れば心を開ける、素直になれる。私が母に対して心を開いたことはなかったのだろう。

昔、バイト先の店長とバイト中に大げんかになったことがあった。私が店長を露骨に嫌っていたことに対して突然切れたのだ。お客さんの前で罵声を浴びせられ、私は自分のしていたことにやっと気づいた。店長を店のバックヤードに呼び、手を握って小さい声で店長に説得した。今は仕事中だから、喧嘩はやめましょう、と。店長は落ち着いて謝ってきた。私ももちろん謝った。手を握ったのは、直感でそうしたことだった。

同じように、好きな人と行き違いがあった時、ただ優しく抱きしめてもらえれば素直になれるのに、と思うことがよくあった。言葉で無理矢理納得させられる時、母に似てる、と思っていた。近ければ近づくほど、意思疎通がうまく取れなくなった。言葉がなくても、気持ちは伝わる。だから相手の言葉と伝わるものが違う時、とても混乱した。

夜、寝入りばなに幻覚を見た。手に虫が這っていて、叫んで目が覚めた。最近夢か幻覚か分からないものをたまに見ていたけれど、虫のように気持ち悪いものは初めてだった。


ーーーーー隠し持っていたものがどんどん漏れ始めてます。とてもいいことです。
大変な量の思いを見ないようにして埋めてきてますからね。今はそれを掘り起こす時です。何を埋めて隠してきたのか。


本当に、覚えていなかったようなことを、次から次へと思い出すのだ。



# by hatarake-ecd | 2014-06-20 11:32

6/9

6/9(月)
昨日、一昨日とカウンセリングをしてもらって、随分理解できるようになってきたのか、先生から


ーーーーーすごく今日は話しやすいですよ。僕の言うことがしっかり中に届いている感じがします。昨日までは話しにくいというかぼんやりしていたんです。半信半疑というか。今日はすっと言葉が入ってくれる感じがします。


と言われる。
本当にパズルのピースが一個づつはまっていくような感覚がある。
先生にはチャットでいつ話しかけてもいいし、それには必ず返信をくれる。的確なアドバイスをくれる。こんなこと、普通に心療内科でのカウンセリングとしたら、すごい金額になりそうな気がする。あまりに話をちゃんと聞いてくれるので、冗談半分で「このまま宗教に勧誘されたりするんですか?」と聞いてみた。すると「何いってんの?笑」と。これは先生の趣味なのだそうだ。カウンセリングというよりは、人生相談、とでも言うべきか。こんなにも的確な人生相談は生まれて初めてだ。今まで悩みに悩んで、占いにもさんざん行ったし、いろんな本を読んだり、とうとう心療内科に行き着いて。楽になれるなら宗教に入ろうかとすら思ったこともある。
先生に、しんどい話を聞かされて辛くなったりしませんかと聞いてみた。


ーーーーー僕は同調はしますけど同情はしませんのでさほどダメージくらいませんから。それでできるんですよ、こういうことが。


なんだかとてつもなく大きな味方を手に入れたようだ。



# by hatarake-ecd | 2014-06-20 11:31

6/8

6/8(日)
昨日の夜から先生とチャットでのカウンセリングが始まった。

先生とは会ったことがないからか、自分の考えていることを、不思議と素直に話せる気がする。
話して指摘されて気づいたこと、私の生き辛さの根源、それは「自分のことが大嫌い」ということだった。自分が人に依存してしまうのも、自分に生きている価値がないと思っているのも、子どもを可愛がれないのも、全部自分のことが嫌いということが原因にあり、どうして自分が嫌いになってしまったかといえば、それは親の育て方にあるのだという。

自分の親はまともだったと思うし、思いたい、でも、親を悪く思いたくないのは子どもの本能で、まともな育てられ方をすれば、こんな風に自己肯定感がない人間にはならないのだそうだ。

そう、私は自己肯定感が低い。
私は、結婚もして、子どももいて、仕事もしている。それが周りからうらやましがられて、何でも持っているように思われている気がする。でも私自身は、幸せでもなんでもない。結婚しても、子どもが生まれても、仕事をしていても、幸せを心から感じたことはない。いつも自分には価値がないと思っていた。どこにも属してない。属せない。誰からも必要とされていない。一人でいることが出来ない、一人でいる意味がない。自分には何もない。
結婚したのも、子どもを産んだのも、手に職をつけて仕事をしているのも、人から必要とされるためだった。必要とされた時に初めて自分に価値が出来る。そう思って生きていた。

それを今、先生に大否定された。


ーーーーー私には何もないと思っているのがあなただけなんです。みんなから見たらあなたにはちゃんと何かがあります。あなただけが自分のことを一番バカにしているんです。
本来人は一人で安定できるものです。何かで自分の穴を埋めて安定させようとするなら、永遠にそれはかなわないですよ。自分を安定させられるのは自分だけです。
自分を愛する心というのは健全なんです。
自己愛の延長線上に他人への愛があるんですよ。自分を愛するように他人を愛するのです。
自分を嫌って他人だけを愛するなら、それは依存になります。


人は誰の物にもなれないと分かっている。でも私は、誰かのものになって安心したかった。
これまで自分に「彼女」という肩書きが出来ても、人と付き合うことに心から安心出来たことはなかった。人の気持ちは必ず変わり、変われば私の元から離れていくんだと思っていた。相手が自分のことを好きだという証明が次から次に欲しくなった。本当に満たされるということがなかった。


ーーーーー見捨てられ恐怖なんです。あなたの人生を支配しているもの。そしてその種を植えてしまったのは、親ですよ。子どもに強いその恐怖を味わわせたから、あなたがそれに怯えているのです。


先生と話しながら、涙が止まらなかった。現実を突きつけられてショックで辛いのと、分かってもらえている嬉しい気持ち、混乱しながらも、どこかで、もう前を向けている自分がいるのにも気づいていた。
最近、何もなくてもふとした時に泣きそうになったりしていた。交差点で信号待ちしている時や、電車に乗っている時。本当にふとした時に、ダムが決壊するように涙があふれそうになる。原因が分からなかった。分からなかったけれど、どこかで分かっていた。自分は普通だと思いたくて、何も考えないようにしていた。


ーーーーー親を責めるのではなく、親のミスを責めるのです。親もある意味被害者です。親の親にミスられてしまったんです。そしてあなたに受け継いでしまった。それはミスであり、修正されるべき失敗です。ただ親が悪い人ということではありません。


先生に、自分の中に子どもがいるのを想像してくださいと言われた。インナーチャイルドというものらしい。いまいち思いつかず、ちょっとうさんくさいなあと思いながらも何となく想像してみると、頭の中に小さな女の子が現れた。それは保育園時代の自分だった。廊下から門の方を見て一人で座っている。想像の中で私がゆっくり近づくと、その子は足にしがみついてきて、顔が見えないように後ろに回ってしまった。この行動はまさに自分らしいなと思った。引っ込み思案で寂しがり。これが精一杯の意思表示。廊下から門を見ていたのは、お母さんが仕事から迎えに来てくれるんじゃないかと待っていて、お母さんが自分を助けてくれるんじゃないかと思っているから。保育園で友達の輪に入れず、誰かが誘いにきてくれるのをずっと一人で待っていた私。心細くてしょっちゅう泣いていた。それを急に思い出したのだった。
これが私の中の私。


ーーーーーその子をできる限り慰めてあげてください。
大事なのはその子があなたの本体であるということです。あなたは今の姿ではなく、その子の方です。
その子を今まで放置してないがしろにしてきたことで、孤独の中でずっと座っていたわけですよ。
誰も助けに来てくれませんでした。今ようやく、あなたが助けに行けるのです。


3時間ほどチャットをして終わりにした。泣きつかれてすぐに寝てしまった。自分の弱さは自分のせいではない。そう思うだけでなんだか少し軽くなるような気がした。



今日は日曜なので子どもと一緒に過ごさなければいけない。
スーパーで買ってきたフルーチェを食べたいというので、お皿を3個用意した。そして子どもに取り分けるのをお願いすると、子どもは自分たちの分だけに2等分していた。それを見て私はカッとなり、大人げなく怒ってしまった。後で先生にその話をすると、こう返ってきた。


ーーーーー子どもの世話が辛いのはちゃんと理由があるんですよ。
嫉妬なんです。あなたが子どもの頃一人ぼっちでさみしい思いをしていたのに、自分の子どもはちゃんとかまってもらえている。
しかもあなたは過去の自分のことをほとんど思い出すこともなく、その深すぎる孤独に気がついてくれませんでした。中の子にしてみたらこんな理不尽で残酷なことはありませんよね。だからあなたは子どもを可愛がってあげたいのに可愛がるほど辛くなるんです。お前はいいよな〜!って。
そんな複雑な心もちょっと自覚してみてください。


嫉妬。これには自覚があり苦しめられてきた感情だった。でもまさか自分の子どもにも嫉妬しているとは思いもしなかった。そしてそれはとても納得出来るのだった。



# by hatarake-ecd | 2014-06-20 11:30

6/7

6/7(土)
昨日、先生から「今の不調の様子でもいいし、過去どうだったという話でも親の愚痴でもなんでもいいですよ。うまく話す必要はありませんのでバラバラでもなんでも吐き出してみてください」とメールをもらうも、本当に何から話せばいいのか分からずメールを返せないでいた。
急にこんなことになって混乱している部分もあるし、見ず知らずの人に自分のどこまでを話せばいいのかも分からない。甘えることにならないか、また、今度は先生に依存することにならないか、そんなことが頭をかすめる。そんなことを考えながら迷っていると、また先生からメールが届いた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
植本様

リンクから共依存についてのこと、心療内科やカウンセリングのことなどの記事を読ませてもらいました。

・・・本当にジャストタイミングだったようですね。

この心療内科の先生は信頼できる方だと思います。
薬の危険をちゃんと伝えていること、それに依存してはならないと教えていること
治療が精神的な苦痛を伴うことと、それを押してでも治したいのかと確認していること
紋切り型ではなくあなたの反応を見ての非常に丁寧な応対など。
 
なによりあなたが直感で「信頼できそう」と感じたのですからそのカンは合っています。
 
 
共依存 境界性人格障害(ボーダー) 自律神経失調症 解離性同一性障害(多重人格)
 
さまざまな病気や病名がありますが、これらは結果として出ている症状
いわゆる「葉っぱ」にすぎません。
 
葉っぱが生えるには枝が必要です。
枝が伸びるには幹が必要です。
さらに幹が伸びるためには根が必要。
 
そもそもは「種」から根が出たことが今の葉っぱの色につながっているわけです。
 
病名の当たり外れは葉っぱの色の違いにすぎません。
 
 
・共依存とボーダー
それぞれの病名に明確な違いがあるわけではなく、たいがいこれらは複合的に現れ、同居しているものです。
 
共依存でありボーダーであり、自律神経失調である。その配合の比率がいろいろ変わるのです。
 
根までたどればすべての症状は同じ原因から発生しているにすぎないことに気がつくと思います。
 
「対症療法」では意味がありません。あくまでも発生源である自分の中のヘドロを減らすことが重要な治療となります。
 
 
・アダルトチルドレンと同様にもう一つ大事なキーワードとしてインナーチャイルドというものがあります。
内なる子供という文字通りの意味です。

インナーチャイルドの基礎知識
 
僕はこの2つの概念を組み合わせて症状の原点を探るやり方をします。
 
 
・人間は自分を一人の人間なのだから全て思うことは自分で把握できていると思っています。
しかし実は意識で把握している部分は氷山の一角であり、人格や性格を支配しているのは水面下=潜在意識です。
 
この潜在意識を子供の姿でイメージしてみてください。
すると今意識して生活し、モノを見、聞き、考えているあなたはその母親のような立場になります。
娘のあなたは本能のあなた、加工前の天然素材としての純粋なあなたです。
 
子供がグズり、へたりこんだり言うことを聞かなければ親のあなたは困り果て、なだめすかし、
しまいには腹を立てて強引に言うことを聞かせようと怒り始めるでしょう。
 
自分の中にこの親子関係が存在するのです。
女性ならば娘と母親の母子家庭があなたなのです。
 
そういうイメージで自分という人間の心を見つめなおしてみてください。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

夜、意を決して先生にチャットで話を聞いてもらうことを始める。



# by hatarake-ecd | 2014-06-20 11:29

6/2~6/6

6/2(月)
ラジオから神奈川でネグレクトのニュース。下の娘の誕生日。保育園の帰りにケーキを買いに行った。ケーキを選ぶ子どもたち。私は要らないからと言い、石田さんの分を選ばせる。どうしてお母さん食べないの?ダイエット?と上の娘に聞かれる。今ケーキを食べる気になれない。「おとうさんにはこれ!」とすぐに決まるのに対して、自分たちの分はなかなか決められない様子。5分経ってもあっちこっちと決まらないので、私はだんだんイライラしてくる。すると誕生日である下の娘の方が先に、これにする、とエクレアを指差した。もっとフルーツとかのってるケーキでもいいんだよ?と言っても、これでいい、という。上の子はまだ決められず、下の子は大人しくしている。嫌な予感がした。下の子が、私に気をつかっているのに気がついてしまった。



6/4(水)
自分の誕生日。仕事は入れず、今日は上野までバルテュスを見に行くことにしていた。結局離婚届は出さなかった。石田さんに一言「とりあえず出すのやめたんだ」とメールで伝えると「あらそうなの」と返信がきた。自分の勘が、離婚は違うと言っている。離婚しても状況は何も変わらないのが予想出来た。今、何をしても、誰といても、楽しくないのだ。自分の機嫌の原因が分からない。漠然と自分に対して不安がある。上野の帰り、人当たりしたのか、バルテュスで疲れたのか、ジュースが喉を通らなかった。そしてこんな自分にもいい加減疲れていた。30歳になって、おめでとうとも何とも思わない。今年ほど自分に価値がないと思った年はない。



6/6(金)
ふとしたきっかけで、私が好きな漫画の作者の先生とメールのやり取りをするようになった。風俗嬢の女の子が主人公の話で、数年前に買ったそれの、続編が最近出ていたのだ。彼女は風俗嬢を辞めて、今度は弁当屋で元気に働いていた。漫画とは言え、私はその女の子が本当に実在するように思えてならなかった。それほど人間らしく生き生きと、時にえぐられるような痛みを感じる物語だった。

先生に漫画の感想を送ったのがきっかけだったが、私がその漫画の主人公に共感しているということを少し書くと、先生は返信で「アダルトチルドレン」という言葉を教えてくれた。気になって調べてみると、まさに自分はこれだ、とびっくりした。私は自分が最近しんどいなと思っていること、漫画を読んで元気になった等書いたごくごく少ない文章から何をかぎとったのか、先生からの返信には「あなたの不安の原因はほぼ間違いなく親子関係、育ってきた家族の問題です。」と書いてあった。初めて人から言われたことであり、そして不思議と腑に落ちる言葉だった。

ーーー大事なのは的確なカウンセリングと自己分析、自身の不安の原因を特定することにあります。原因を知り、自分がなぜそうなったのかについて一つ一つ過去を丁寧に紐解いていけば徐々にバラバラのピースが埋まり、絵が完成していきます。絵が見えることによって不安はどんどん少なくなっていくのです。
何より誰にも相談せずに一人で頑張ってこられたその尋常じゃない重さと苦しみを労いたいです。
 本当に死ぬようなご苦労をなさってよく耐えてきましました。

その返信は腑に落ちつつもショックだった。やっぱり私は、苦しかったんだ、と。
誰でもいいからすがりたいと思っていたところだった。変わりたい、と強く思っていた。私は助かりたい、と。

ーーーご自身のことをちゃんと知るべき時が来たのだと思います。そして自分と親との関係の真の姿も。痛みを伴いますが、同時に押しつぶされてきた心が息を吹き返すことを感じることができると思いますよ。ぜひ僕の知る知識を役立てて欲しいなと思います。

小さい頃に読んだ絵本「蜘蛛の糸」を思い出していた。地獄に突然降りてきた、細くて長い、蜘蛛の糸。伸びた先は真っ暗で見えないが、確かにどこかへ繋がっている。ここではないどこかへ、私は迷わず掴んで登り始める。不思議な縁が、それを思い起こさせた。



# by hatarake-ecd | 2014-06-20 05:30

5/18~5/27

5/18(日)
9時起床。今日は石田さんが仕事休み。目が覚めてこの状況に既に苛々してしまう。今日こそ言おう、と心に決め、スーパーに行くという3人に私も着いて行くことにする。こうして4人で歩くことも本当に滅多になくなった。出来れば一緒に歩きたくないと思ってしまう。マンションを出てすぐに石田さんに話しかけた。
「もうご存知だとは思うのですが、心療内科に通っていましてですね」
「え?そうなの?」と返された。てっきり最近更新した日記を読んだものだと思っていた。
「単刀直入に言いますと、やっぱり離婚がしたいです。とにかく籍を抜きたいです」離婚を申し込んだのはこれで3回目だと思う。
去年の夏頃、私に好きな人が出来たと伝えた時と、年末、とにかく精神的に一人になりたいから別居しないにしろ籍だけ抜かせてほしいと言った時ぶりだ。
二人の子どもが存在していることはとにかく大きい。それを第一に考えると、ここで離婚してどちらかが子どもを引き取るというのは想像出来ない。しかし、石田さんと夫婦でいるということにはどうしても耐えられなくなっていた。もちろん嫌いになったわけでもないしとても尊敬している。しかし、夫婦という形で周囲から見られるには、もう自分にとっては苦痛で限界を感じるのだった。
「籍を抜いたって一緒に住むなら意味ないよ」と前回と同じ解答をする。しかしもう私は言いながら涙が止まらず、とにかく分かってほしい一心で、スーパーまでの道、泣きながら思いの丈をぶつけたのだった。
「好きな人とどうこうなろうとも思っていない。とにかく虚構の家族像に疲れた。一人の人間としてやり直したい。理想の家族像に近づけなかった」
「理想の家族像なんか最初から持たなければいいのに」
確かにそう思う。理想の家族像。私の理想の家族像はなんだったんだろう。こんなにも苦しめられていたもの。結婚したら好きな人は出来てはいけない、出来ないものだと思っていた。そして、夫婦はいつまでも仲良く、何でも話し合える仲。自分の親を見て、こうはなりたくないなと思っていた。母からは結婚なんてしなくていいと言われていた。とにかく自分の力で食べていけるように手に職をつけなさい。それは祖母とうまくいかなかった母からの教訓だった。幼いながら、この夫婦が離婚しないのは不思議だなと思っていた。そして、離婚したらどうしよう、私はどうなってしまうだろう、とも恐れていた。一番なりたくない、自分の親のような状態に、今なっている。だったら私は自由になって自分を取り戻したい。自分を取り戻すことで、石田さんとも子どもたちともやっと対等に向き合えるのではないかと思った。言いながら涙が止まらなかった。

自分が言ったことを否定されるかもしれない恐怖、これはいつか味わったことがある。小学生の頃、自分でやりたいと言い出した進研ゼミ、絶対頑張るから、絶対やるから、と言って物凄い情熱と説得力を持って始めさせてもらったそれは、あっという間に飽きがきた。母は勿体ないからやれやれとうるさく言う。私は引っ込みがつかず、いつもやっているふりをしていた。やらなければいけないという責任感にいつも急き立てられていた。今日こそやめたいとお母さんに言おう、言おう、とそんな状態を3年続け、やっと言い出せた時の気持ち、それに近かった。私は泣きながら謝って辞めたいと伝えたのだった。母の反応は覚えていない、とにかく母を裏切ったという強い罪悪感だけを未だに覚えている。そんな調子で、父のすすめで3歳から始めたピアノも、やめたいと思いつつも絶対に言い出せず、結局ダラダラと中3まで続けたのだった。自分にとって強制的にやらされるピアノ教室は本当に苦痛だった。

「籍を抜いてるのに一緒に住んでるってことでまた苦しくなるんじゃないの」と石田さんに聞かれた。暗い顔をしている。それはやってみないと分からない。私も石田さんも少し変わった家庭環境で育ったにしろ、親が両方揃っていたというのはやはり大きいことだと感じていたからだ。
「とにかく籍を抜くことで楽になる気がするんだ」と念を押すと「分かったよ。離婚届は書くけど、お守り的に持ってれば?」と承諾してくれた。
やはり石田さんは私を認めてくれた。こんなこと、一般からすると許されることではないだろう。分かっている。それでも、石田さんはいつも私の言うことを大事にしてくれる。
私が好きな人がいることを石田さんに伝えた時も「別れろとは言わないけど離婚は出来ない」と言われた。それを話した人には「石田さんは一子ちゃんが何も失わないようにしてくれてるね」と言われた。本当にその通りなんだろう。私は石田さんと子どもたちを大事にするという意味でも、やはり籍を抜きたいと思う。これを石田さん自身は理解出来ないと言うが、それでも離婚を承諾してくれた。お守りのように持っていなさい、それは心療内科の先生に抗不安薬を処方してもらった時にも言ってもらったことだ。お守りがまた手に入ったのだ。さてどうするだろうか。6月4日の6回目の結婚記念日に、離婚届を出すのが一番キリがいいと思っているが、それまでの逡巡に耐えられるのか。突発的に提出してしまいそうな気がする。ずっと前にもらっていた離婚届を見てみると、証人が二人いることになっている。さてこれは誰に書いてもらおう。気持ちが軽くなり、少しワクワクしている。新しい私の家族の形をここから作っていこうと思う。



5/19(月)
午前中、天然スタジオで岩手からのお客様。3人家族。奥さんは私のブログを妊娠中に見て知ってくれたのだそう。旦那さんの方は石田さんの昔からのファンという。とっても良い家族。愛されているお子さん。見当違いかもしれないけれど、こういう人達を、離婚することで私は裏切ることになるんだろうか?結婚していることで裏切り続けている気がしていた。心に波があるけれど、写真は今日もいつも通りに撮れた。撮影が楽しかったと言ってくれるのがとても嬉しい。写真もいいものが撮れていると思う。

午後、学校があるので渋谷へ。授業まで時間があったので図書室へ行くと、斉藤先生がたまたま来ていた。斉藤先生は私と同い年で、同級生。彼は卒業してからそのまま学校の職員になって勤めたけれど、去年実家に戻り、一年間は地元で撮影の仕事をして、今年の春から講師として戻ってきた。付き合いが長いので気心がしれている。私が最近調子が悪いことや、離婚したいと思っていることを話していたので「やっと離婚出来そう」と伝えると、驚いていた。
「一子は昔から本当に感情を手当り次第にガブガブ食べて写真にしていく感じだね」ここ一年間程は自分に違和感があったので、日記を書けないでいたけれど、また書けそうな気がする。さらけ出しすぎて仕事が減るかなぁと聞くと「でも、仕事は仕事で影響なくちゃんと出来てるからすごいよね」と言われた。それも分かる。作品と仕事は切り替えているつもりだ。それがいいのか悪いのかは分からないけれど。こうして内面をさらけ出すことで引く人もいるだろう。私という人間として仕事を頼んでくれていた人にとっては、離婚というのは大きいことでもあるかもしれない。もうそこは私は関与することが出来ない。そして書かないという選択ももうない。書くこと、撮ることで生かされている自分がいる。
ふと上田義彦の「FLOWERS」という写真集を手に取った。昔からとても好きな写真なのだ。花を白バックの自然光で大判カメラで撮っているもの。クレジットを見ると96年頃の写真だった。もう20年も前のものなのに全く色褪せない。良いものはこうして残っていくんだなと衝撃を受けた。私の今撮っている写真も、20年後には残るのだろうか。そしてそれを見た時自分はどう思うんだろうか。花はいいよね、最近花が撮りたいもん、と斉藤先生に言うと「花は写真家が死ぬ直前に向うモチーフだ!お前やばいな」と笑われた。
今日の授業では生徒一人ずつ、好きな写真についてプレゼンしてもらった。最近の写真家の人から大昔の人から、いろんな写真を見た。私自身は写真家に全く詳しくないので、こうして写真家を知ったり初めて見る写真も多い。生徒から教わることはとても大きい。
授業が終わって自転車で保育園に向う途中、ふと思った。自分の見た風景を写真を通して人に見せたいときがある。写真は撮っておかないと残らない。今のこの波立つ気持ちも書き残しておかないときっと忘れてしまう。そしてそれを人に伝えたいと思う。私は私のことを人に知ってほしい。ただそれだけなのかもしれない。結婚したら何か自分が変われると思っていた。子どもを産めば何か変わると思っていた。でも自分の根底にあるものは全く変わらず、結局それに突き動かされて生きている、写真を撮っている。
それは何なんだろう。変わりたいと思っていたけれど、変わらなくていいところもあるのかもしれない。無くしてはいけない大事なものがある。それに苦しめられ、それに生かされている。



5/20(火)
午前中、家の片付け。久しぶりに掃除機をかけた気がする。先週から今週にかけて忙しく、片付けはほとんど出来なかった。掃除ついでにホットカーペットを撤去。畳も水拭き。保育園から持って帰ってきたり、家で書く無数の作品達。あまりにかさばるので、これまでは問答無用に捨てていて、それを見つけた子どもに「すてないで!」と怒られたこともあったが、良く書けているものなんかはちゃんと取っておこうと思った。それ用に場所も作ろう。おもちゃなんかも増え続けるので勝手に処分している。これも本人に確認したほうがいいのだろうなとも思う。子どもの意思を優先させること、大事だとは思いつつ私本位になってしまう。時間に余裕があったので、色鉛筆も全部削っておいた。ここまできれいに出来てやっとホッとする。衣替えはまだ出来ていない。
片付け中に、届いていた写真新世紀の今年の冊子を開けた。忙しくて見る暇がなかったのだ。授業で使えるかなと思い電車で眺める。去年の最優秀賞の鈴木育郎さんという方のコメントが素晴らしく、胸が熱くなる。「矛盾を抱えながらも怒りに振り回されず、自分の感覚を研ぎ澄ませて、守るべきものを守り、悔いのないように生きる。写真はさらにそれを後押しし、その過程を記録する、そして私の人生が前に行く。その日常はたくましくも危うい出会いと別れの繰り返し。いつかの風は今は私が起こす風、キミの瞳に映る私の姿、時は決して止まることはなく、すべての写真は幻、出会うその時まで。(抜粋)」変わらないものを求めていたけれど、変わることは悪いことではないのかもしれない、とやっと今思えるようになってきたのだ。

明日は上の娘の遠足がある。保育園の帰りに3人でスーパーに寄る。野菜をブロッコリーとプチトマトにすることにした。夕飯用の野菜炒めのもやしも買う。少し遠い売り場から、娘達に「もやし取って来て」と言うと、迷いながらも走って持って来れる様になった。スーパーを出て止めていた自転車の隣に他の自転車が横付けされていたので、先に自転車を出そうとすると、上の娘が自転車に乗ってこようとする。「ちょっと待って、出すから」と言っても聞かない。ついカッとなって手で乗ろうとしている手を払いのけてしまった。上の娘は傷ついた様子で大泣き。私は頭に来ているので冷静になれず、一刻も早くその場を去ろうと歩き出した。すると下の娘が「あやまりなさい!」と私につっかかって来る。もう二人とも面倒くさい、と思い余計苛々する。周囲の人が見ている。それでも少し離れた場所で待っていると泣きながら近づいてきて「おかあさんのばか!」と怒鳴って静かに自転車に乗るのだった。乗って機嫌が直ってくると、私は今度は自己嫌悪に陥る。全く、うまくいかない。

家に着いて夕飯の用意をしていると、急にお風呂から異音がし、水が一切出なくなった。台所もトイレも水は出ずうんともすんとも言わない。不動産会社に電話するが、直るのにどれくらいかかるか分からないという。仕方なく夜は銭湯に行くことにした。銭湯に行くとなると子どもたちはとても喜ぶ。つい最近3人で銭湯に行き始めたばかりで、気分が滅入った時に初めて銭湯へ行ってみた。それからは気分転換するために行くようにしているのだ。今回で3回目。しかし今日は時間も時間だったのか、とても混んでいた。またここでも周りの目が気になる。子どもたちはうちだけで、嬉しいのか二人でおおはしゃぎしている。それを他の人に疎ましがられているような気がしてしまう。はしゃいで嬉しそうなところにドキドキしてしまい「あんまり大きい声出さないよ」と水をさす。気にし過ぎだろうか、どこへ行っても子どもといて安心できるところがない。そこそこに銭湯を後にした。家に帰って子どもたちを寝かしつける時、ふと爪をみると、二人とも伸びに伸びている。子どもたちの爪なんて久しぶりに見たんだな、とすぐに切ってやった。

21時頃石田さんが帰宅。また不動産屋が訪ねてきて「ポンプが壊れているようなので、2、3日修理にかかると思います。」と平謝りして帰って行った。トイレが流れないのが一番困るが、明日のお弁当はどうしても作らなければいけない。洗ったり茹でたりする予定だった野菜と、包丁と鍋をバックに入れ、下北の事務所でやることにした。
この断水、明日からどうすればいいのだろうか。石田さんは明日ちょうど休みなので、公園から水を持って来ようかなと言っている。こんな時に水が止まって。こんなことで家族の団結を深めたくない。下北から家に戻る頃には深夜になっていて、雨が降り出していた。



5/21(水)
一日雨。久しぶりに何も予定が無い。石田さんも仕事休みだが、いつも通り娘達を保育園に連れて行ってくれた。最近私が調子が悪いのを気にしてか、朝の送りは極力行ってくれている。私が朝起きると家に誰もいないなんてことはざらになってしまった。家に居てもトイレも使えないし、石田さんも早々に出掛けて行った。私は疲れがたまっていたのか、昼前まで寝てしまう。なかなか起き上がれず、布団で「境界性パーソナリティ障害/岡田尊司」読了。他にも関連書籍を図書館で昨日借りたので流し読みする。

昼、ふと思い立ってガチャの家へ。ガチャは高校からの付き合いで、今ちょうど休職していて平日の昼間も家にいるレアな存在なのだ。
ガチャが2年前に結婚した時、結婚式でガチャのお母さんから「息子はあなたの話をよくするから、あなたのことが好きなんだと思ってましたよ」と言われたことがある。恋愛感情はお互いに無いにしろ、同じ時期に広島から東京に出て来て、私もしんどい時にはガチャに連絡をするし、ガチャもしんどい時には連絡をくれる、そんな仲なのだ。
日記を読んだらしく、お好み焼きを作りながら話をする。「今、何が一番しんどいん?」と聞かれ、しんどいことを口に出すことすらしんどいと伝えた。ガチャは以前仕事でコンサルティングをしていたので、その経験をふまえてアドバイスをしてくれる。現状確認、理想、ギャップ、行動計画。具体的に言葉にして考えることが大事で、そのためには日記に書くことはとても良いと教えてくれた。「このチームで、どういう関係性でいたいかを共有することが大事」とも。ガチャは黙って静かに話を聞いてくれるので、さながらカウンセリングのようになってしまった。私がこれまで付き合ってきた人のことも少しは知っているので、私もいろいろと思い出す。どうしても過去の嫌だったことに目を向けてしまうが、ガチャはいいところに目を向けてみなと教えてくれた。お母さんの話になり、離婚することもお母さんには言わないでおこうと思うと言うと、それはあんまりだから、せめて手紙でも書いたらと言う。
どうして言わないでおこうかと思ったのか、それは妊娠した時を思い出すからだ。石田さんと結婚するには妊娠するしかないと思い妊娠にこぎつけたが、つわりでずっと家にいて、安定期でもないので誰にも言うことが出来ない。石田さんが大阪にライブで出掛けた時、孤独に耐えきれずに、ついお母さんに電話して妊娠したことをあっさり告げてしまったのだった。伝えないのはとても大きな決断だったが、それは脆くも崩れた。お母さんに認めてほしかったし、甘えたかったんだと思う。しかしお母さんは一言、混乱したのか「裏切られたわ」と言って電話を切ったのだった。今は仲良くしてはいるが、あの時のことはよく覚えている。私は裏切ったのだ。それをガチャに話していると、もう涙が止まらなかった。石田さんと付き合う前に付き合っていた年下の男の子のことも思い出した。あっちゃんと言って、まだ大学一年生だった。バイト先で知り合い、あっちゃんの実家にもよく遊びに行った。台湾人のお母さんの作る料理をお母さんとあっちゃんとあっちゃんの弟と4人で囲んだりしたのは本当に良い思い出で、今思い出してもあったかい気分になる。今思えば今まで付き合って来た人の中で、一番安定している人だったかもしれない。しかしその安定が私にはつまらなく思え、別れる直前に距離をとるようになった。そして石田さんと出会い、あっちゃんに別れを電話で告げると、最初は嫌だと抵抗したものの、後で「いっちゃんの決めたことだから僕は応援してるよ」とメールをくれたのだった。あんなに大事にしてもらっていたのに、私はなんて酷いことをしたのだろう、そう思うともう涙が止まらなかった。また心のどこかであっちゃんに対してうしろめたい気持ちがあったからか、久々に思い出した感情だった。あっちゃんたくさん傷つけてごめんなさい。私はやっぱり相変わらずです。

「今いちこのお母さんは何しとるん?」と聞かれ「少年院の慰問とかやっとるらしいよ」と言った。数年前に近所の人に勧められてそういうボランティアに入り、休みの日には少年院に行ったりしていると聞いていた。ハンドベルをやって見せたり、一緒に食事をしたり、文化祭に行ったりするんだそうだ。母も珍しいことを始めたな、と思っていたが、ガチャは「お母さんはお母さんで、自分の育児についてそうやって人の子を見ることで振り返ってるんじゃないのかな」と言った。私は驚いてしまった。母が私に「少年院にいる子を見て、やっぱり家庭環境が大事なんじゃ」と思ったと言われたことがある。それは私に対して家庭環境が大事だからしっかりやれ、と言われているようにプレッシャーを感じた。でもその話をガチャにすると、きっと自分のことを顧みているんだと言うのだった。そうなのだろうか。そうだとしたら、私は少し嬉しいなと思った。

夕方、ガチャの家を出て、電車で一本だったので、そのまま阿佐ヶ谷へ行く。もう時間外ではあったけれど、離婚届で書き方が分からないところがあったので聞こうと思い。しかし守衛さんしかおらず、離婚届を受け取ることは出来るけど、細かいことは分からない。平日の17時までに戸籍課へ問い合わせる方がいいと言われる。また明日にしようと思い、とりあえず阿佐ヶ谷へ来たのでコンコ堂へ寄る。店主の天野さんがいたので、これ書いてほしいんだけど、と離婚届の証人になってもらおうとする。天野さんは見た瞬間「いやだよいやだよ!」と物凄い拒否反応。最近、虐待のルポ本ばかり読んでいると教えてくれた。子どもを餓死させて親が、どんなに酷いものかと思って読んでいると、あまりに普通でビックリしたのだと言う。そして自分も当事者になりかねないから怖いとも。天野さんでもそういう風に思うんだなと思い、少し安心した。

育児が最初からこんなにしんどいものだと知っていたら、私はそこに足を踏み入れただろうか。知らなかったからここまで来てしまった気がする。籍を抜くことで何も変わらないんなら離婚しなくていいじゃん、とまた言われてしまった。引き出しを探して、「今シャチハタしかないわ。また必要なら実印持って来とくから言って」と言ってくれた。優しい。ありがたいが、やはり証人になるなんて荷が重いのかもしれないな。変なものを人に背負わせてしまうのなら、区役所の人なんかはなってくれないんだろうか。むしろもう誰でもいいのだ、本当に。帰りのバスで天野さんの言っていた本についてアマゾンで調べ、レビューを読んでみる。私も虐待についての本は何冊か読んだが、本当に胸が苦しく、暗い気分になる。私に育てられた子がどんな風になるのか、考えるだけで気持ちが落ち込む。前に、育児がしんどいのは当たり前だし、子どもは自分の老後を見てくれるんだから、と人に言われたことがあるが、私は老後を見てもらおうなんてみじんも思っていない。そして同じことを母にも言われたのだ。老後の面倒見てもらおうなんて思ってないけんね、と。



5/22(木)
昼、下の娘の保護者会に参加。先生からの提案で、子どもが言うことを聞かない時にどうしているか、というのを親同士で話し合うことに。一人のお母さんが、ついつい子どもに合わせていると言うことを聞かず、寝る時間が遅くなるのが悩みだという。石田さんちはどうですか?と先生にふられ、うちは20時には消灯して21時には寝てます、というと、驚きの声が上がった。すごい!どうやってるの?と聞かれるが、うまく答えられない。20時になれば有無を言わさず消灯、添い寝もせず、子どもたちだけで寝かせるようにしていたら、勝手に寝てくれるようになったと。寝るまでどうしてるの?と聞かれ、隣の部屋で仕事してます、と言った。皆、腑に落ちてないように思えた。いいなぁという声が上がった。起きてきたら怒って布団に入らせる。こんなの良いやり方な訳がない。分かっているがそれ以外に知らないのだ。私からすれば、他のお母さんのやり方が信じられなかった。
保護者会が終わってから、子どもたちがおやつを食べ終わるのを待っている間、お母さん達は保育園の職員室でお茶を飲んで待つことになっている。1時間ほど、お互いに話をしながら待たなければいけない。私はそれに耐えられないので、その時間を利用して区役所へ行くことに。戸籍課で離婚届の書き方を教えてもらった。やはり証人は二人いるようだ。そして当たり前だが、離婚しても同居するようなら手当は出ない。もちろんお金目的で離婚するわけではないが、より自分のわがままで離婚しようとしているんだと自覚させられ、急激に覚めてきた。私はいったい何をしようとしているのだろう。
帰りにコンコ堂に寄り、昨日天野さんにすすめられていた本「誕生日を知らない女の子 虐待ーその後の子どもたち」を購入。お客さんがほかにいたので、離婚届の話は出来ず、すぐに保育園に戻った。持って来ていた石田さんの新しいアルバムのサンプルも渡すのを忘れた。
夜、ビーサンから一言「情熱が人を狂わせるね」とメールが届いていた。情熱、私に情熱などあるのだろうか。情熱というより執念のような気がした。考えれば考えるほど自分が嫌になる。



5/27(火)
授業。突然、生徒から「先生は旦那さんが先に死んだらどうしようとか考えたりしますか」と聞かれた。その子は同級生で20歳ほど年上の留学生と付き合っている。
「ないこともないけど」と答えて、そこから先が出なかった。はっきり言って今、石田さんがいようといまいと変わらない気がした。うまく答えることが出来なかった。でも、離婚届は出さないような気がしていた。二人の自分がいるなら、出さないでいいと言っている自分が、大きくなりつつあった。予想通りに逡巡している。本当の自分の気持ちはどこにあるのだろう。



# by hatarake-ecd | 2014-06-20 05:29

6月


12FLOWERS
# by hatarake-ecd | 2014-06-01 23:59

2014/5/29(木)

ガーディアンガーデンで開催中の阪本勇さんの個展「天竺はどこや!」の関連イベントで最終日にトークショーがあり、それに植本も参加させて頂きます。

どうぞご参加ください。

5月29日(木)19:10-20:40

出演:阪本勇(写真家)×植田浩平(PEOPLE代表)×植本一子(写真家)

入場無料

ガーディアン・ガーデン
東京都中央区銀座7-3-5ヒューリック銀座7丁目ビルB1(03-5568-8818)
リクルートの2つのギャラリー ガーディアン・ガーデン -TOPページ-


# by hatarake-ecd | 2014-05-27 09:33

5/12~14

こんなことまで書き始めて。私は誰に何を知ってほしいと思っているんだろうか。

5/12(月)
共依存症についてネットで調べていて、たまたまいきついたブログの管理人の人が始めたという、個人のカウンセリングに行ってみる。
タイミングがいいのかわるいのか開設したばかりで、私が患者(お客?)第一号だという。病院のカウンセリングとかではないので、個人の家で。内容は、ただただ話すだけだった。時折、質問などをなげかけてくれる。こっちも緊張したけれど、向こうも緊張しているようだった。
90分は意外にあっという間で、終わりに、緊張して肩凝ってませんか?今、一緒に伸びしてみましょう、なんて言われ、カウンセラーの人と二人で伸びをした。そんなことをしても体のこわばりは取れず、結局何も解決されなかった苛立から、あんたの方が緊張してたんじゃないの、と嫌なことを思った。伸びをしているこの状況がただただまぬけに思えた。
しかし話すことで少し頭が整頓されたこともあり、少し気分は軽くなった。すると今度は落ち込みより怒りが込み上げてきた。そしてその怒りを沸々とさせていると、急に切り替わる瞬間があり、とにかくやってやろうと前向きになれたのも確かなのだった。気分の波は相変わらず心もとないけれど、本当に少しだけ明るさが見えたような気がした。

5/13(火)
初めて心療内科へ行ってみる。
知り合いが働いている、うちからも割と近いところにある心療内科。初めて行ったけれど、待合室は広々としていて、外は雨なのに自然な明るさがあり、お茶が飲み放題だったり漫画喫茶のような雰囲気で居心地がよい。入れ替わり立ち替わりで、常時5人程の人が待っている状態。10時に予約して10時少し過ぎに着いたけれど、初診のアンケートなんかを済ませて待っていても30分位待った。診察室の真ん中にただ立って指をいじいじしている男の人がいた。「深夜食堂」を読んでいたらふいに呼ばれた。
院長は若い男の先生で見るからにエネルギーがある。まず最初に昨日カウンセリングに行ったこと、それでなんとなく解決方法が分かった気がするということを伝えると、だったらこのまま何も言わずに帰ってもいいし、もし診療するなら生い立ちから全部聞くし、しんどい思いもすると思う、それでもやりますかと聞かれた。私はとにかく治りたいので診察してほしいと即答すると、すぐにカウンセリングが始まった。
多分40分くらいは話をしていたと思う。話しながら辛くなって泣いてしまう。昨日のカウンセラーの人も、今日の先生も、泣いていることについては何も言わない。「泣かなくていいんだよ」なんて言葉はない。そういうものなのかもしれないなと思った。この先生はどんどん質問をしてきてパソコンに情報を打ち込みながらも、なんだか認めてくれている感じがした。昨日のカウンセラーだと、ほぼ話を聞いてもらって終わり、あとは自主性に任せる、という感じだったが、心療内科の先生は、最後に今の状態でも良いということと、これからの対処法を教えてくれた。
そして、「私は病気ですか」と聞くと「あなたが今の状況になって、家族や周りの人が誰か困っていますか?そしてあなたは生活に支障が出ていますか?」と聞かれた。答えは、いいえ、だと思っている。周りの人が困っていないこと、自分の生活も今まで通りなんとかやっていけてる、ということはそれは鬱病だったりの病気とは判断しないらしい。これが育児なんかが出来なくなったりすると、それは病気と判断されるのだという。
じゃああなたは今どういう症状だと自分で思いますか?と聞かれ、共依存症だと思います、と言うと、「おしい。名前をつけるなら、境界性パーソナリティ障害です。」と言われた。障害という響きに驚くのと同時に、何故か安堵感があった。今のところ薬は出さなくても大丈夫だと思う、と言われたが、どうしても不安になるときがあって怖いことがあると伝えると、じゃあお守り代わりに少し出しましょう、と抗不安薬と呼ばれる薬の説明をしてくれた。本当にまずいと思った時に飲むこと、そして飲むという判断をしてその判断をしている自分に気付いている時点で、半分は治っているんだということ。あまり飲み過ぎると今度は薬物依存になるから気をつけてほしいとのこと、心療内科は初めてだけれど、この先生はとても信頼出来ると思った。
最近で一番明るい気分でクリニックを後にした。帰りにいつも行く近所の薬局で処方箋を出した。薬剤師さんはそれを頓服と呼び「不安時に一錠飲んでください」と小さな声で教えてくれた。そしてそれは14錠で330円だった。1錠いくらだろうか。安いお守りである。なるべく飲みたくないと思いつつ、きっと肌身離さず持つことになるのだろう。自分の症状に名前がつき、さらに抗不安薬を処方された。自分は、来るところまできてしまった、と思った。ショックと同時に、きっと状況はよくなるはずだと希望も感じた。
夜、緊張して肩がばりばりに凝り、動悸がしている自分がいた。今思えば不安というのはそういう状況のことを言うのだろうが、薬を飲むまでは思いつかなかった。朝の4時頃就寝。

5/14(水)
寝不足もあり、気分が上がらず体が重い。
朝から昨日の心療内科へ行きたくて仕方なくなる。先生に聞きたいことがたくさんある。しかし調べると毎日行っていいものではないらしいし、境界性パーソナリティ障害の人は、担当医に依存することも多々有るらしい。早速頼ろうとしている自分にあぜんとする。
保育園に送って行った帰りに図書館へ。境界性パーソナリティ障害についての本を一冊借りたのと、関連書籍を数冊予約。家に戻って朝食を食べ、本を読んでいるといつの間にか眠ってしまった。
午後、バイト休みの友人にバッティングセンターに連れて行ってもらう。最初は全然球が当たらないことに余計苛々したが、数本は当たり、久しぶりに大きな声を出したことで少しだけ気分がすっとした。帰りに友人とお茶をして別れる。この人にも私は依存しようとしているのだろうか。もう人に迷惑をかけたくはない。
ブックオフで、PMSについてよく話す友人からすすめられていた中島たい子「そろそろくる」「漢方小説」そして岡田尊司「境界性パーソナリティ障害」を購入。
保育園に行き、子どもの姿を見ると、少しホッとする部分もある。しかしまだまだ自分が母親であることを認めれていない気がする。本当の自分と、母親である自分と、気持ちに隔たりがある。その隔たりが時々きつい。3人で自転車に乗って帰る途中、ふと「お母さんは怒ったりもするけど、くらしもえんちゃんもすごい好きだよ」と伝えてみた。すると「えんもすき!」「くらしもすき!でもおこるときに、もうちょっとやさしくおこってほしいよ」と上の娘からはリクエストがあった。優しく怒ってほしい。私もいつもそう思っていた。そう思っていたけれど言い出すことは出来ず、そして自分の意見を言うことが怖くなり、そしてやめた。私はある時に母に対して諦めた。でも娘達に同じ道を歩んでほしくないなと思う。難しいことだろうか。
家に戻ると、下の娘が、ドアの鍵を開けたいと言い、何度やらせてもうまくできないので私が代わりにやってしまった。するとそれで機嫌を損ね、家の中で延々と泣き叫び続ける。どれだけ「泣かないで」と懇願しても無駄なのだ。このままではイライラして手を出しかねない、と思い、昨日貰った薬を一錠飲んだ。すぐに効くはずはないのだが、飲んだことで一応気持ち的に安心し「じゃあもう一回一緒にやろう」と言って二人でやり直した。それが出来るとあっという間に娘は上機嫌になるのだった。
こんな些細なことさえ薬がないと出来なくなってしまいかねない自分が怖い。薬の副作用と常習性が怖くて飲まないでいたかったけれど、あっという間に手を出してしまった。無くては生きれないようにはなりたくないと強く思う。
明日は仕事が昼から夜まで、3件ぶっ続けて入っている。暇が怖い私には今はそれくらいが丁度いい。こんなことまで書いて、仕事が減らないことを願うばかり。
# by hatarake-ecd | 2014-05-14 21:53

2014/5/4(日)

天気が良く、一人で過ごしていることに悲しくなってくる。

夕方家に帰ってきた時に、玄関前に荷物が置いてあった。うちは不在が多いので、宅配便はすべてドア前に置いてもらうようにしている。特に実家からの荷物は米だの野菜だので重量があるので、4階まで何度もあがってもらうのが申し訳ないから。傍目から見てもわかる、その中身の詰まったガムテープとビニール紐で頑丈に封をされた段ボールを、家に入れる力はなかった。明日からの連休を考えると体に力が入らない。誰かが家に入れるだろう。
朝起きると、荷物はすでに封を切られ、子ども達が中に入っていたらしきお菓子を次から次へと食べていた。お菓子のパッケージには古めかしいイラストがついている。実家からの荷物は、広島産の柑橘類や、近所でもらったであろうのしのついた箱菓子、そして母手作りのリンゴジャム、タケノコの水煮が大小様々な空き瓶に詰められ、新聞紙で丁寧に包まれていた。

母にお礼の電話をしなくては。というより、今置かれている自分の状況すべてが辛く思え、誰でもいいから弱音を吐きたかった。気軽に電話できる相手はもういない様に思われた。電話口から実家の初夏の空気を思い出す。母に弱音を吐けるはずもない、心ここにあらずで返事を繰り返していると「それであんた、いつ頃帰ってくるん」の問いかけにハッとした。「まだ何も考えてない」と答えた。前にメールで、久しぶりに蛍が見たいから、6月頃に帰りたいとメールしていたのだ。そんなことも忘れていた。6月の最終週に、おじいちゃんの三回忌があることだけ、「あんたは仕事もあるし、子どももおるし、無理に来いとは言わんよ。一応伝えておくだけね」と気遣ってくれた。田舎に帰ったら気晴らしになるだろうか。図書館に行く途中の道だったので、かろうじて涙はこらえることが出来た。

図書館へ行って、共依存症と回避依存症についての本を何冊か借りて読み始めた。私の苦しみの根源はきっとこれだろう。やっとわかった安心感と、これからこれに向き合わなくてはいけないことに尻込みしてしまう。気が重い。読み進めるほど、幼少期の体験や家族との関係が大きく関わっていることがわかってくる。心のどこかではわかっていたけれど。

夕方、家族写真の撮影の仕事。幸せそうな様子に、こちらも嬉しくなる反面、純粋にうらやましいなと思う。
撮影が終わり、山手線に乗りながら本を読み進める。するとふいに母から着信があった。母からの着信は早々ないので、誰か死んだか、と思いつつ「今電車。何かあった?」とメールを送った。すると「今日の電話元気なかったけど何かあった?」と珍しくすぐに返事がきた。予期せぬ文字の羅列に、電車内で涙が出そうになる。深呼吸をして、また本に目を落として気をそらした。降車駅のホームを歩く足取りは重かった。なんと返せばいいのだろう。自分の抱える辛さの原因すべてが母のせいだとは決して思わない。それでも寂しかったのは確かで、今の自分の育児にも影響を及ぼしているように思えた。
「ちょっと育児とか疲れてて。ゴールデンウィークに合わせて荷物送ってくれたんでしょ。ありがとう。」
と返信した。ゴールデンウィークと年末年始は、私にとって気の重い連休である。保育園は暦通りに休みなのだ。連休前には園長先生から「がんばってね」と心配そうに声をかけられる。今年は4連休。うち2日は仕事を入れたけれど、子ども達とどう過ごしていいのかわからない。自分が壊れそうな予感が毎回するのだ。
改札の外に出て、友人を待つ間「精神的に弱いところあるね お父さんに似たのかな」と追加でメールを送信した。自分が精神的に弱い等、母に思われたくない部分もある。小学校の時に仲間はずれにされて辛かったとき、母には言えなかった。私が辛い目に合うのは、母にとっては自分のことのように辛いことだと想像出来たから。中学高校も、学校が嫌になる時期が何度かあった。その時も、理由は言わず、体調が悪いと言って休ませてもらった。休み続けて、このままでは本当に学校に行けなくなるな、という時期になると、母は「そろそろいきんさいよ」と言うのだった。今思えば、理由を聞いてほしかった。ただ向き合って欲しかった。私はまた学校にそつなく通い始めた。
自分が弱いなんてことを母に言うのは初めてかもしれない。母と自分は別の人間で、親子とはいえど精神的に甘えることは一生出来ないんだと、どこかで思っていた。

すぐに母から「先日、近所の保育所の遠足について行きました 子どももいろいろいるね...と思って くらちゃんに似た子がいたんよ はなをふいてやりました」と返事がきた。くらちゃんというのは私の上の子どものことだ。見知らぬ子に孫の姿を重ねる母。自分も小さい頃に母にハンカチではなをふいてもらったことを思い出す。あのやわからいガーゼのハンカチの肌触り、母の手。ふいに自分の子どもの名前が出てきたことにまた涙が出てしまった。くらしは今頃どうしているだろうか。子どもなんてどうでもいいと思っていた自分に、こんな感情がまだあるのかと思った。育児に関するすべてが今の私にとっては他人事のように思えることがある。
「子どもは可愛いけどさ、なんとなく可愛がり方がわからなくてね。お母さんも一時期小さい頃にわたしを無視した時あったよね。あれも育児ノイローゼみたいなものだったのかな。」
ずっと聞きたかったことをふいに聞いてしまった。私にとっては大きな出来事だった。メールを書きながら涙があふれてしまい、待ち合わせている友人が今は来ないように願った。またすぐに返信が来た。
「すみません みにおぼえがありません 多分仕事でいっぱいだったんじゃね ごめんね 今なら余裕あるよ」
つい、笑ってしまった。笑いながら泣いた。本人にとってはそんなものなのだろう。そう考えると、自分がこんなにも苦しんでいることがばかばかしくなってしまった。今も昔も、母が私を思う気持ちは変わらないように思えた。
私は自分の悪いところを治したい。誰のせいにもせず、自分の力で治したい。そして、もしかすると、今なら出来るかもしれない、とも思った。
仕事帰りの友人が走ってこっちへ向かってくる。私はまた泣いていて、久しぶりに会った友人は、私よりも小さい体で優しく抱きとめてくれるのだった。
鞄の中には渡す予定の、タケノコの水煮が入っている。
# by hatarake-ecd | 2014-05-06 12:10

天然スタジオのお知らせ



天然スタジオ

# by hatarake-ecd | 2013-06-29 13:54

2013/6/13(木)

これから恥ずかしい話をします。いいですか?

おかげさまで天然スタジオの撮影の予約もそれなりに入る様になり、とてもありがたいことです。全く面識の無い人も、私の写真が好きだからという理由でわざわざ撮影にきてくれるのです。撮影は決して安くはない金額です。もう感謝しかありません。
先月末の話です。仕事もなんだかんだでコンスタントに入り、かなり忙しくしておりました。忙という字は心を亡くすと書きます、毎日を無心にこなしている感じが少しありました。何も考えないで済むのは、それはそれで楽でした。
天然スタジオの個人撮影の予約が、とある日に二件入っていたのです。13時からと15時から。どちらも偶然にも、誕生日の記念に、ということでした。日曜日だったので、その日は友人に数時間子どもたちの面倒をみてもらう約束も手配していました。そんな時、久しぶりに某雑誌の編集さんから着信があったのです。二年ぶりのお仕事の依頼でした。とても有名な若手俳優さんと、個性派女優のお二人の撮影ということでした。日時を聞くと、先ほどの日曜日の同じ時間だったのです。何故か「大丈夫です」と即答していました。大きな仕事に、舞い上がっていたのです。その後、すぐに予約をしてくださった二組のお客さんに事情をメールして、日時を調整出来ないか聞いてみたのです。どんな風に事情を説明するべきかも迷いました。本当のことを書こうとすればするほど、自分が優先させているものが分かってしまい、素直に書けなくなりました。それ以前に、本当にこんな風に調整してもいいものなのか、やっぱり頭のどこかで考えてはいました。うやむやな私のメールに対しての返事がお客さんから来るまで、ずっとモヤモヤとしていました。
そんな時に石田さんが仕事から帰ってきたので、某雑誌から久しぶりに仕事が来た話をしました。純粋に喜んでくれていたけれど、同じ日に天然スタジオにも予約が入っていたから、それをお客さんに調整してもらっていると素直に話すと、一瞬で顔色が変わり「絶対そんなことしちゃ駄目だ」と言われました。怒っているというより、呆れているようでした。「僕がスティービーワンダーの前座を断った話しなかったっけ?」とも。もちろん覚えています。石田さんはどんなライブでも先に決まっているものを必ず優先させるという姿勢を貫いている人です。スティービーワンダーの前座の話があった日、既にライブが決まっていたのでそちらを優先させたのでした。もう随分昔の話だとは思いますが、その時のことが今も石田さんの強さみたいなものを作っているが分かります。「そんな風に仕事してたら、絶対駄目だ」私は一気に不安になりました。

石田さんとちゃんと話せないまま、夜中の撮影に出掛けなければなりませんでした。石田さんの今度出るレコードのジャケットを友人のモデルと友人のデザイナーと、予算が少ないので3人で全部でやらなければいけません。モデルの子の家に集まり、服をどうするか、イヤリングをどうするか、みんなで考えなければいけない時も、私はさっきのことが気になってしまい、全く集中出来なかったのです。その後の撮影も、なんとかやったようなもので。デザイナーの友人には後からメールで叱られました。士気が下がるから私事は持ち込むなと。その通りだと思います。

撮影終わり、深夜に家に戻ってから、天然スタジオを予約してくれていたお客さんの方に、すぐにメールを送りました。事情も全て素直に書いて謝り、予約をそのままやらせてもらうようこちらからお願いしました。編集さんにも、長い長いメールを送ってしまいました。その日はよく眠れませんでした。自分が情けなくて、ひとりぼっちになってしまったような気分になりました。
朝、編集さんにもう一度電話をすることにしました。編集さんは「またきっと仕事頼みますよ」と明るい声で励ましてくれました。怒られもせず、ホッとしたのと同時に、また自分が情けなくなりました。

さて、その撮影が、つい先日の日曜日に終わりました。やはり終わるまでは気が張っていたのでしょうか。撮影が終わって家に着いたら、どっと気分が悪くなり、夜中には熱を出してしまいました。次の日は授業の仕事があったのに、とてもそれどころではなく、点滴を受けてなんとか体調を持ち直しました。
編集さんがあの時に言ってくれた「その判断は正しいと思いますよ」という言葉がありがたくて、時々思い出したりします。もう二度と間違えることがありませんように。

そして、こうしてここに書けたことで、今とても、スッキリとしています。
# by hatarake-ecd | 2013-06-13 12:17

2013/5/28(火)

毎日忙しくしております。まるで二重生活。
今日はNumberというスポーツ雑誌の撮影がありました。二年前に「働けECD」が書籍化された時に、週刊文春でインタビューを受けてから文芸春秋の編集の人と知り合い、その時からゆるやかに繋がってやって来た今回の仕事。名のある雑誌で撮れるというのが何より嬉しい、と思っていた。誰に言っても大概分かるし、本音を言えば、自慢しやすい。初めての撮影だから、今回のが駄目なら二度と仕事は来ない、そう思うと緊張した。今日の空はどんよりと重く、最近にしては珍しく肌寒い。これは私らしく撮れるかな?と少し不安だった。待ち時間に撮影する選手のことをウィキペディアで調べていたら、静岡出身だということが分かった。出身校の地名に見覚えがあった。そういえば、あいつもこの辺の出身だったな、とふと思ったら、あいつがスポーツ写真を撮っていたことや、Numberを愛読していたこと、生きていた時のことを一気に思い出した。顔や、声まで。ビックリして、それを隣に居た編集さんとアシスタントにそれとなく言ったら、二人は黙ってしまったけど、私はなんだか思い出せたことが嬉しくてしょうがなかった。Number撮ってみたかったでしょ?私があんたの代わりに撮ろう。昔みたいに偉そうに言ってみたら、曇っていた空がみるみる晴れた。仕事がきて嬉しかった一番の理由はここにあった。
撮影は、ばっちりだった。

6月の2週目発売。
# by hatarake-ecd | 2013-05-29 04:03

2013/4/25(木)

最後に日記を書いてから三週間も空いてしまった。日記とカレンダーを眺めながら、過去にさかのぼって書くことだって出来るけど。
この三週間で一番強烈だったこと、ツイッターで私宛に飛ばされてきた、知らない人からの罵詈雑言。そういうことは初めてだったので、とうとう来たか、とは思ったけれど、案外落ち込んだりはせず。こうしてここに自分の日常をさらしていれば、いろんなことをみんな思うだろうと予想はしていたので。それでも、今回のことで、書くことによって自分から傷つきにいっているような気もし始めて。同時に事務所を立ち上げたことで忙しくなり。それも、自分から一生懸命ペダルを漕いでいる感じで。それも変速の一番軽いやつで走って、足だけが空回り。そんな風に動いてたら、いつか大きな失敗をするよ、と石田さんにも注意される程。
人から、写真や文章がいいねと言われる度に、自信のない自分は空っぽになっていく気がしていました。あぁ、また「いい」日記を書かないとなぁ。そう思いながらも、最近は落ち着ける暇も無いし、家事だってもう最低限ギリギリのところでやってる。隙さえあれば家を出て、夜遅く帰るのも連日。子どもたちと一緒にいる唯一の日曜は、自分の好きなように動いことが憂鬱でたまらない。東京でジタバタしていたら、名古屋での展示は他人事のように終わってしまった。またこんなことを書いて。見知らぬ人からの攻撃を受けてしまいそうだけど、私には今、家族を差し置いても、やりたいことと会いたい人がいる。
「こんな最低な人でも母親になれるんだね。こんな人でも夫に恵まれるんだね」

今日は写真家の太田好治さんの取材にカメラマンとして同行させてもらった。太田さんが指名してくださり、私は本当に嬉しかった。写真と、天然スタジオについても褒めてくれて。自分が尊敬できると思える人からかけてもらえる言葉だけが、自分にとっての本当の力となるのかもしれない。そうだとしたら、私はもっと沢山の人に出会って、大きくなりたい。取材終わりに、太田さんの事務所のベランダから、みんなでいい景色を見た。ありがとうございました。
太田好治初監督のクラムボンの映画「えん。」がもうすぐ公開。
クラムボン
太田好治

・名古屋ON READINGでの巡回展、無事終了しました。見に来てくださった皆様、ON READINGのお二人、ありがとうございました。

・下北沢インディーファンクラブに出演される予定のミュージシャンを天然スタジオでポートレートを撮ってウェブで公開しています。イベント当日には写真集で販売する予定です。FAN FROM SHIMOKITA

天然スタジオのサイトも作りました。撮影のご予約を受付中です。

・AI KOKO GALLERYさんで開催される西島大介さんの「すべてがちょっとずつ優しい世界」展に参加します。私は4/27(土)で、要予約です。 AI KOKO GALLERY
# by hatarake-ecd | 2013-04-25 22:29

2013/4/3(水)

名古屋から帰ってきたその足でそのまま学校の入学式へ。何故か春の嵐で雨風強く、電車の遅延もあり、開場ギリギリに着いてしまった。走って楽屋に入ろうとしたところ、入場しようと並んでいた私のゼミの先生に「荷物置いたらすぐに来いよ」と声をかけられる。いつまでも先生は先生。本当に、講師席で私だけが浮いている、気がする。今年度が、始まってしまった。
なんとなく入ったサリースコットで、白い春物のブラウスを買おうか迷う。パッと買ってしまえるものの、なんだか浮き足立っている気がして、とりあえず家に帰ることに。着替えて夕飯にカレーを作り、食べたらまた新宿へ。ライブまで少し時間があったので、ヨドバシカメラをなんとなく覗く。名古屋に行った時に、小さいデジカメがあったらいいなぁと思った。iPhoneじゃ物足りないし、5Dだとでかすぎる。さーっと見回して、やっぱりGRに目がいった。買った。お店の人にすぐ使える様に設定してもらい、ポケットに入れてライブへ。ブラウスは、あきらめる。大森靖子さんを初めて見たけど、すごく良かった。
# by hatarake-ecd | 2013-04-07 00:56

2013/4/2(火)

朝から大雨。今日は名古屋に展示の搬入に行かなくてはいけないので、いつもより少し早めに家を出てバスで保育園へ。娘達はバスに乗れるので雨の日が好きらしい。帰りは一人なので家まで20分くらい歩いた。満員電車に乗って品川へ。オンリーディングの二人にお土産をエキュートで探すと、ちょうどフラクタスが期間限定で出店していたので、コーヒーのグラノーラを買う。丁度いい物が見つかって良かった。お土産を買う時に思い出すのが、知り合いの編集の人がソニア・パークにアメリカのお土産を買わなければいけなくなり、それは選ぶのも渡すのも緊張していたと言っていた。新幹線で生理に。いつもよりかなり早い気がしてビックリしたが、ちゃんと数えたら少し早まっただけだった。前も展示が終わってすぐに生理になった気がする。展示はまだ終わってない。これからまた始まるのに。新幹線で早川義夫「たましいの場所」を読む。コンコ堂で売っているのを見てピンと来て、これ誰かも読んでいた気がすると思い、絶対石田さんが持っているはずだからと、家に帰って石田さんに借りた。文章があったかい。良い本だなぁ、と半分も読まないうちに思った。
搬入の前にオンリーディングのお二人に味噌カツ丼とコメダコーヒーに連れて行ってもらい、名古屋を満喫。展示は集中して一気に仕上げた。ちょうど東京から友達の大森さんも名古屋に着いたところだったので、お店で合流。大森さんは最近倉内さんのライブで知り合った友達で、今日は名古屋まで倉内さんやセバスチャンXのライブを見に来た強者。ライブまで時間があったので、大森さんと二人でスーパー銭湯でお風呂、サウナ、そして夕飯に世界の山ちゃんで手羽先、とまた名古屋を満喫してたら、あっという間に時間が過ぎていて、普通にライブに遅刻。二人でライブハウスまで早歩きしてケラケラ笑った。
# by hatarake-ecd | 2013-04-07 00:43
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